ロンドンで本場のダージリン紅茶を喫して以来、その歴史を調べてみる気になった。素人考えながら、インド東北部の標高1000メートルから2000メートル地帯で、霧が発生するところが、茶葉にとって適地だという程度の知識はある。
だが、紅茶の歴史はもっと奥深く、偶然に満ちていた。埼玉大学の矢沢利彦名誉教授は、中国の福建省にある武夷山という岩山で育った茶葉が、紅茶のルーツだとしている。矢沢教授には二〇〇〇年に「中国茶輸送快速帆船(THE CHINA TEA CLIPPER)」の著作がある。
大航海時代は一五世紀末から本格化しているが、そのさきがけとなったのは、大西洋側のスペインとポルトガル。東洋の香辛料貿易で巨大な富を手中にしている。そのポルトガルに紅茶好きのキャサリン王女がいた。ブラガンサ王朝のジョアン四世の娘で、母はスペインのアンダルシアの大貴族の出である。ルイサ王妃といった。
ジョアン四世は一六五六年に他界した。アフォンソ王子が病弱だったので、ルイサ王妃が摂政となっている。当時のポルトガルを囲む欧州情勢は複雑で、合従連衡の必要性があった。そこで紅茶好きのキャサリン王女が、イギリス王チャールズ二世のもとに嫁すことになった。
イギリス王妃になったキャサリンは、イギリス宮廷でお茶をファッショナブリーにたしなむ最初の女性となった。「茶のすべて」を著したユーカーズは「キャサリンが一六六二年に渡英して、イングランドの貴婦人たちにとって、お茶がファッショナブルな飲み物になった」と言っている。
キャサリンがイギリス王妃にならなければ、ダージリン紅茶が生まれなかったかもしれない。米国と同じようにコーヒーがイギリスの飲み物なった可能性も否定し切れない。歴史は偶然の産物ともいえる。
キャサリンが好んだ紅茶は、中国の福建省にある武夷山から産した茶葉であった。武夷茶という。紅茶がイギリス貴族のものから庶民のものに広がるまでは、なお月日が必要である。武夷茶そのものが中国でも貴重なものであり、産出量が限られた。中国の茶樹の苗木を気象条件が似たインドに持ち込み、それが成功したのは一九世紀半ばである。
紅茶も中国茶も日本茶も、もとは同じ茶葉であって、その製法によって違いが出る。私は中国からポルトガルに向かう帆船が長い航海で、船倉に積んだ武夷茶が蒸れてしまったのが、紅茶の製法の始まりではないか、と想像を逞しくしている。
中国茶の歴史は、それだけで一冊の本になる。茶樹は雲南省や四川省や貴州省周辺に生えていた野生の植物だったという。その歴史は紀元前2700年頃の伝説にまで遡る。最初は薬として飲まれていて、飲み物として普及したのは唐の時代。
その頃は茶葉を臼などで挽いて、粉状「末茶」が主流だったという。末茶から散茶(芽茶)に転換したのは、明代の太宗の時代。中国から茶が日本に伝わった年代は確定されていない。禅宗の修行で中国に渡った僧侶が、持ち帰ったとされている。
僧栄西が中国から茶の苗木を持ち帰ったのが最初と考えられていたが、空海や最澄も茶の苗木を持ち帰り栽培したという記録も発見されいる。最初は薬用として用いられた。いずれにしても上流階級のものであった。庶民のものに広がったのは江戸時代。煎茶が流行した。
茶樹の栽培条件は、平均気温が18~19度、雨量は年間2000mmに達し、温暖多湿な気候条件が必要である。中国の福建省と江西省の省境に北東から南西にかけて走る山脈があるが、平均して海抜1000メートル前後の山並み。武夷山脈という。
主峰は2150メートルの黄崗山。欧米人は武夷マウンテンズと呼んでいる。一方、近くに200メートル以下の低山の群れが一塊をなして続いている。中国人はこれも武夷山と呼ぶが、欧米人は武夷ヒルズと呼んで区別している。
イギリス東インド会社が中国貿易を独占した時代には、この武夷ヒルズから産出した茶葉を広東で購入している。それも山間部の平地の茶園(洲園)のものは若干味が劣るとされた。山上に産するものが”岩茶”、水辺に産するものを”洲茶”というが、岩茶の方が洲茶よりも上位。
もっとも洲茶でも、摘んだ時に葉の背上に白毛があるものを撰んで別に煎り、別に焙じた葉はパイハオ(ピーコー)といって、ブラック・ティーの愛好者にとっては、幻の最高ティーだという。また同一品種の茶樹であっても、若芽の葉ほど上等であるのは言うまでもない。
武夷茶は歴史的に有名になったが、やがて武夷山脈と似た温暖多湿な適地が発見されて、苗木が移植されて広がりをみせている。武夷岩茶とは武夷山の岩山で育った茶樹から作られた烏龍茶のことだが、最近、上海から頂戴した「凍頂烏龍茶」と「梨山高山茶」は台湾製だが、まさに絶品。
茶を口に入れたときから、のど越しまで独特の香味がある。凍頂烏龍茶は「清香」といわれる爽やかで甘い香りがする。梨山高山茶は金木犀(きんもくせい)を思わせる香りと穏やかな甘味が特徴。
烏龍茶といえばスーパーで売っているカン詰めのウーロン茶しか知らなかったが、本場の烏龍茶は上品で味が良い。送って頂いた方は「福州にもあるのですが、どうもこちらのは自己主張が強すぎて好みませぬ」と言っておられる。独特の香味があるので「凍頂烏龍茶」や「梨山高山茶」の方が日本人向きなのかもしれない。
武夷岩茶は「岩骨」(エンクー)と言われ、焙煎が強く七八煎(せん)いれても重厚なコクがあるという。岩韵(ガンイン)といわれる後味が長く続く特徴があるから、濃厚な中国料理の後には良いかもしれないが、淡泊な日本料理の後には、凍頂烏龍茶や梨山高山茶の方が良い。
茶を香りで楽しむというのは、ロンドンで本場のダージリン紅茶の香りを楽しんで以来のことである。中国では、国賓級のゲストには、最高級の「大紅袍」を振る舞うという。大紅袍の茶葉のほとんどは、中国政府に納められ市場にはほとんど出ない。日本で買える大紅袍は接ぎ木からつくられた二~三、四世の茶葉だが、それでも高価。当分は本場の烏龍茶にはまりそうである。
583 「凍頂烏龍茶」と「梨山高山茶」 古沢襄
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