奥羽山脈のふところに抱かれた西和賀は梅雨の季節に入っていた。半年ぶりに、この地を訪れたが、三日間の滞在は濃密な人との触れあいで心豊かな旅となった。菩提寺の玉泉寺の広い庭園の一角に古沢元・古沢真喜夫婦作家の文学碑が建立されて十一年の歳月が去った。

十一年昔に文学碑の除幕式が行われた日もあいにくの雨だった。建立委員長の佐々木吉男さん、漫画家の杉浦幸雄さん、新劇俳優の森幹太さん、渡辺ミッチーの従弟・高木幸雄さんらも、すでにこの世にない。
文学碑の祭りは毎年行われてきたが、関係した方々の物故祭も同時に行われている。玉泉寺の本堂で十一人の物故者に祈りを捧げ、そのあと文学碑の前で記念写真を撮った。
文学町長の高橋繁氏から「古沢元の文学」について講話があったが、作家・高橋克彦さんの叔父さんだけあって、小説の解説が専門的。
ことしは「家鼠」と「有厄」の二作品について講話があった。次女が神妙な顔をして聞きいっている。昨年は長女を連れてきたが、「アッ」と大きな声を出して、皆がびっくりした。五色豊かなカワセミが玉泉寺のガラス戸に衝突したのを長女が目ざとく見つけた。
「死んでしまったのかしら」と気遣う長女に、誰かが「気絶しただけだから心配ないよ」と言った。中断した講話が、何事もなかった様に続く。都会育ちの長女や次女にとって、ゆっくり時間が流れる西和賀の生活は、別世界の様に映るのだろう。
ことしはカラスが話題になった。西和賀に着いたその夜は親しい人たちが集まって、「山人(やまど)」旅館で歓迎の宴がはられた。新装なった山人旅館は渓流の近くに建ち、目の前の山が迫ってくる。
都会風のレストランでガラス窓に映る新緑を見ながら食事が出来る。美人で知られた女将なのだが、和風旅館なら女将と呼んでも可笑しくないが、都会的センスが溢れた山人旅館だと女将と呼ぶのも憚られる。
湯川温泉の御宿末広旅館は西和賀に来た時の定宿であった。女将の高鷹由枝さんが若くて美人なこともあるが、山菜料理や納豆汁など料理が美味しいのに魅せられた。昨年、泊まった時にはご主人の高鷹政明さんと由枝さんから「山人」という自分たちの理想のもてなしが出来る旅館を計画していると聞かされた。
五月にそれがほぼ完成されたと聞いてやってきたのだが、渓流と山や木々と一体となっていて、それが部屋の中や内湯につかりながら楽しめる”造り”になっているのには驚いた。温泉好きな私は人一倍各地の旅館めぐりをしてきたが、この”造り”は初めてである。
http://www.yado-sagashi.com/yado/yamado/plan01/
仲間の高橋医師が「どぶろく」を持ってきてくれた。グラスに並々と注いで一気に飲むと気も心も大きくなってくる。
「カラスがね」と由枝女将が誰かに話しかけている。聞くこともなしに耳を傾けていると、この旅館の敷地はカラスの通り道だったという。突然、大きな旅館が作られたので、カラスたちは怒ったのかもしれないと女将は言う。
スリッパとか旅館の備品をカラスが悪戯をして持っていく日々が続いた。だが一ヶ月もしたらカラスの悪戯がやんだそうだ。「山人」が付近の景色にとけ込んだ”造り”になっているので、「カラスも認めてくれたのかしら」と言って女将は笑った。(続く)
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