7597 日本のアトランティス物語・瓜生島 古沢襄

九州の博多には三年住んだが、”地震のない九州”という印象が残る。しかし古文書によると慶長元年(1596)に大分市の北にあった瓜生島(東西4キロ 南北2キロ)で大地震が発生して一町十二村が別府湾に沈んだ記録が残っている。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には「大分地震」と簡単に出ている。<<大分地震(おおいたじしん)は、1596年9月4日(文禄5年閏7月12日)に発生した地震である。死者800余人、別府湾の瓜生島(沖ノ浜)と久光島の2島が沈んだ。慶長豊後地震、別府湾地震などとも呼ばれる。>>
震源地は北緯33.3度、東経131.6度、マグニチュード (M)7.0~7.8と推定される。別府-島原地溝帯に沿って発生したプレート内地震である。
文禄5年7月から地震が頻発、翌閏7月まで続き、閏7月12日申刻(午後4時)に本震が発生、津波も発生した。津波による流出家屋数千戸、瓜生島水没による死者708名、高崎山と由布岳の山崩れなどの被害をもたらした。相前後して、閏7月9日に慶長伊予地震、閏7月13日に慶長伏見地震が発生。天変地異の多発により、10月27日、文禄から慶長へ改元された。
1976年に大分県が「地震対策基礎調査」を行ったが、速見郡日出町、別府市、大分市など別府湾周辺の4カ所で長さ数キロから数十キロにおよぶ活断層があらたに確認されている。調査団の表俊一郎・九産大教授らは「この活断層のために大分県下で今後50年から70年の間に地震が起こり、最大震度は烈震(震度6)と推定される」と警告を発していた。
東大の竹内均教授は、瓜生島があった辺りが水深70メートルになっていて、別府湾で最も深い陥没となったことを「最初の地震で10メートルの陥没、その後300年間で60メートル、つまり一年間に20センチずつ陥没している」と推論している。
別府湾のすぐ南を中央構造線が走っていて、この線に沿って阿蘇、雲仙、九重、由布院の火山がある。別府湾の周辺には鶴見山、由布岳、高崎山などの火山があって一万年前まではさかんに火山活動をしていた。
日本列島が鳴動を始めたと思えば、”地震のない九州”も警戒を怠るわけにはいかない。
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