NHKの大河ドラマ「風林火山」で上杉謙信がでてきた。ミュージシャンのガクトが演じる”ガクト謙信”には戸惑う人もあったのではないか。私は、むしろNHKは野心的な謙信像に手を染めたと感じた。
上杉謙信には謎が多い。あの時代で謙信、信玄、信長、秀吉、家康の五人が歴史上で人気がある武将であろう。私などは謙信が一番好きな人物なのだが、その実像は謎に包まれ、実は女性の武将だったという説すらある。
女性かと見まがうばかりの”ガクト謙信”の登場で、新しい謙信像を感じたというのは、そういうわけがある。有名な川中島の決戦で描かれる上杉謙信は、馬上の威丈夫。ところが実際の謙信は身長が150センチの小男だったという説もある。
川中島の決戦そのものが史実かどうか定かではない。すべては甲陽軍鑑によるところが多い。その後、世にあらわれた雑書や合戦記は、それからそれへと書き足しや尾鰭がついて、壮大な謙信と信玄の決闘が出来上がっている。
甲陽軍鑑に描かれた上杉謙信は「萌黄の胴肩衣(どうかたぎぬ)きたる武者、白手巾(てぬぐい)にて、つぶりをつつみ、月毛の馬に乗り、三尺ばかりの刀を抜き持ちて、信玄公のしょう床(ぎ)の上に御座候所へ一文字に乗せよせ、きっさきはづしに三刀斬り奉る」というクライマックスを演じた。頼山陽は「流星光底長蛇を逸す」と信玄を討ちもらした謙信の武勇を詠んでいる。
川中島の決戦そのものの真偽は別として、上杉、武田の両軍は川中島で幾度か合戦を演じた。第四次川中島の合戦と称される永禄四年八月の戦いで、武田軍は武田信繁、山本勘助らを失い、上杉軍もかなりの死傷者を出した。野戦での謙信は、電光石火で神がかり的な采配をみせた。
その半面、軍略家・戦術家としての謙信とは別の和歌に通じ、達筆でもあり、近衛稙家から和歌の奥義を伝授されるなど、公家との交流も深い文化人という側面でも知られた。特に源氏物語を始めとする恋愛物を好んで読んでおり、上洛した際に開催した歌会でも見事な雅歌(恋歌)を読み、参加者全員を驚かせたと言う。琵琶を奏でる趣味もあった。(ウイキペデイア)
しかも生涯不犯(未婚)であり、義を重んじて私利私欲で兵を動かさなかったというストイックな戦国武将であった。歴史小説家・八切止夫氏が、スペイン革命時のトレドで、当時は城砦として使用されていた修道院から、15世紀から16世紀の舟乗りや宣教師による日本についての報告書を発見し、その中の佐渡金山に関する記述に上杉景勝の叔母という言葉を見つけ、独自に上杉謙信の女性説を研究し、1968年の読売新聞夕刊の連載小説に『上杉謙信は男か女か』が掲載された。
軍神と呼ばれた天才武将・上杉謙信は「風林火山」では脇役でしかないが、謙信フアンである私などはフィクションでよいから「天才的な女性武将・謙信」物語をみたいと思っている。
691 691 天才的な女性武将・謙信 古沢襄
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