フリージャーナリストの田中宇(たなか・さかい)氏は共同通信社外信部にも在籍したことがあるユニークな国際分析論で賛否の評価が分かれる人だが、2003年の「ネオコンの表と裏」を私は高く評価している。
ほとんどの分析論が現場取材はせずにインターネットで世界中の新聞などを読み、解説を加えるという独特の報道スタイルを取っている。それだけにインタビュー形式に依存する通常の報道スタイルをする側から批判を受けるが、これまでに田中氏の分析の方が当たっていたケースも数多くある。
田中氏の分析論から類推すれば、イラク戦争の泥沼化によって、ブッシュ政権内のネオコン・タカ派と中道派の激しい権力闘争があって、ライス国務長官を中心とする中道派が権力を掌握したことの道筋がみえてくる。
昨年秋がその時期であった。しかし、それから一年を経過して北朝鮮融和策が必ずしもはかばかしく進展をみていてない。むしろ米国の無原則な譲歩ばかりが目立つ昨今である。そこに政権の外に去ったネオコン・タカ派から攻撃を浴びる状態が生まれている。
私はブッシュ政権から放逐されたネオコンが隠然たる勢力を温存して再起を期しているとみているが「ネオコンの表と裏」を四年ぶりに再読して、あらためてその観を深くした。ネオコンはまだ死滅していない。
<ネオコンの表と裏
「ネオコン」(新保守主義)は、イラク戦争に突入する過程でアメリカの世界戦略の決定権を握った感があり、日本でもネオコンについてすでに多くの書物や記事が書かれている。私自身、イラクに侵攻すべきか否かという論争が米政権の中枢で激しくなった昨年8月以来、ネオコンという言葉が登場する記事をたくさん書いており、検索したら75本あった。
だが私はこれまで「ネオコンとはどのような人々なのか。彼らの目的は何か」ということについて、深く分析した記事を書いていない。それは、彼らが自称していることや、彼らについて一般的に言われていることが、どうも鵜呑みにできないと感じたからだった。ネオコンの戦略には隠された裏の真意があると思われたが、それが何なのか、なかなか確定的なかたちで明らかにならなかった。
日米など世界のメディアの多くは、ネオコンを「アメリカは民主主義を世界に広げることを国家としての目標にすべきで、世界を民主化するためにアメリカの圧倒的な軍事力を活用すべきだ」と主張する「理想主義者」の集団であるとしている。ネオコンの主張によると、従来のアメリカは世界の安定を重視するあまり、世界各地の独裁政権に対して甘い態度を採る「現実主義者」(中道派)が主導してきたが、その結果、フセインや金正日といった危険な政権がのさばる状態になっている。この悪しき現実を改めて、イラク侵攻を皮切りに世界を民主化するのだ、というのがネオコンの考えで、ブッシュ大統領はこれに感化されてイラク侵攻に踏み切った、とされている。
私がネオコンの主張を鵜呑みにできないと感じた理由の一つは、彼らが「イラクを民主化する」と言いながら、その準備をほとんど何もしていなかったことだ。ネオコンの筆頭格であるウォルフォウィッツ国防副長官は「米軍がフセイン政権を倒せば、その後は自然にイラク人の手で順調に新しい民主政権ができるはずだ」と予測していた。この予測について「実際にフセイン政権が倒れた後になって、ウォルフォウィッツは自分が甘かったことに気づいた」という分析記事を見た覚えがあるが、それは多分間違いである。
ウォルフォウィッツは1981年にレーガン政権で中東担当者として国防総省に入って以来、1993年に大統領がパパブッシュからクリントンに交代するまで、ずっと政権内で中東の安全保障戦略を練り続けていた。国防次官補だった湾岸戦争時には、当時のチェイニー国防長官のもとで、イラクに対する戦争のやり方を研究していた。そんな専門家であるウォルフォウィッツが、複雑な多民族・多部族国家であるイラクが込み入った調整なしに民主主義体制に移行できると思っていたはずがない。
▼イラクを民主化するのではなく混乱させるのが目的?
今回のイラク戦争に際し、国防総省の高位を占めるウォルフォウィッツ(ナンバー2)やダグラス・フェイス(ナンバー3)、リチャード・パール(特別顧問格)といったネオコンの人々は、911の直後から「サダムとアルカイダは関係ない」と分析していたCIAを「信用できない」と非難し「特殊計画室」(Office of Special Plans、OSP)と呼ばれる独自の諜報分析機関を作った。
そこでは、CIAやイギリスのMI6、イスラエルのモサドなどの諜報機関が集めてきた諜報の膨大な生データの中から「イラクが大量破壊兵器を持っている」「アルカイダととつながっている」という主張を裏付けられそうなものだけを取り出してつなげ、開戦に慎重なCIAとは違う分析結果を出し、イラクに侵攻できる開戦事由を「作る」作業が行われた。
特殊計画室は「イラクはアフリカから核兵器の原料となるウランを購入していた」「イラクの諜報部員が911実行犯とチェコで会っていた」「イラクは化学兵器製造設備をトラックに乗せて常に移動させ、隠している」などという「開戦事由」を作った。そのほとんどは間違いだったが、CIAが「その情報は信憑性が低いです」と警告しても無視され、結局イラク侵攻が実現した。
ネオコンによるこれらの行動を見ると、彼らはイラクを民主化する気などなく、単に米軍を動かしてイラクの政権を潰し、混乱させることが目的だったのではないかと感じられる。しかし、それは何のためだったのか。それが分からない以上、ネオコンを理解したことにならないと私には感じられた。
▼家族関係で結束しているネオコン
私がネオコンの本質を理解するためにやったことは、彼らがたどってきた歴史を調べることだった。ネオコンと呼ばれる人々には、思想面以外の共通点がいくつかある。その一つは、ニューヨークなどアメリカ東海岸に住むユダヤ系で、学者肌の家系にいる人が多いということである。
ウォルフォウィッツの父親は1920年にポーランドから移民してきた数学者で、ユダヤ人差別が激しくなった東欧を逃れ、コーネル大学の教授に招かれた。ダグラス・フェイスの父親(Dalck Feith)もポーランドからの移住者で、シオニズム(イスラエル建国運動)の闘士だった。フェイス親子は、シオニズムに対する貢献を讃えられ、イスラエルの政府系団体から表彰されている。
ネオコンの多くは東欧出身のユダヤ系(アシュケナジ)だというだけでなく、中心的なメンバーの間には相互に血縁関係がある。血縁関係のある人々に、政策的・学術的な経験を積ませ、次世代のネオコンとして育てている感がある。
ネオコンの元祖といわれる人物は、アービング・クリストル(Irving Kristol、1920年生まれ)とノーマン・ポドレツ(Norman Podhoretz、1930年生まれ)という長老の2人の言論人だが、クリストルの息子であるウィリアム・クリストル(William Kristol)はネオコン系コラムニストの筆頭格になっているし、ポドレツの娘は、現在大統領補佐官をしているネオコンのエリオット・アブラムス(Elliott Abrams)と結婚している。(父クリストルやポドレツをネオコン1世、パールやウォルフォウィッツをネオコン2世と呼ぶことができるかもしれない)
▼脅威を誇張して儲ける「軍産複合体」
ネオコンの多くは1970年ごろ、民主党の上院議員だったヘンリー・ジャクソン(Henry Jackson)の事務所で政策秘書として一緒に働き出し、それが彼らの政界での人生の始まりだった。ジャクソンは、ソ連に対して強い反感を持ち、米ソ間の軍縮に反対するタカ派で、1950年代にはマッカーシー上院議員らと組んで、政府や軍内にいる「共産主義容認派」を追放する「赤狩り」のキャンペーンをやったりした。
ジャクソンのもう一つの特徴は軍事産業と深いつながりがあったことで、核兵器の開発と、原子力の発電への利用促進政策を主張した。1952年に下院から上院に転じる選挙で当選できたのは、軍事・原子力産業からの支持の結果だった。ジャクソンは、ベトナムをソ連の脅威から守るためにアメリカが介入すべきだと主張し、事態をベトナム戦争に駆り立てた。
1948年ごろから始まった米ソの冷戦は、1953年の朝鮮戦争停戦やスターリン死去の後、いったんは緊張緩和に向かった。だが軍事産業や、それとつながりの深いジャクソンのようなタカ派の政治家や研究者などは、緊張緩和によって軍事費が減ることを阻止しようとした。彼らは「ソ連はアメリカまで飛行して核爆弾を落とせる新型爆撃機(バイソン型爆撃機)を無数に持っている」という分析結果をまとめて政府に提出した。
だが、当時のアイゼンハワー大統領は元将軍で、この分析結果が推量や噂に基づいたもので、裏づけに乏しいことに気づいた。そのためアイゼンハワーは、ソ連上空をレーダーに関知されない超高度で飛び、ソ連がバイソン型爆撃機を何機持っているか撮影できる偵察機「U2」を急いで開発することを軍とCIAに命じた。U2は1956年にソ連のミンスク市上空を飛び、その結果、実はソ連の新型爆撃機はアメリカの脅威になっておらず、米国内の軍事産業系の勢力が出してきた報告書は、脅威を誇張していることが判明した。
この後、アイゼンハワーはソ連の脅威を誇張する軍事産業・政治家・軍事専門家などの集合体を「軍産複合体」と呼び、アメリカにとって危険な存在であると警告した。
しかし、その後も「軍産複合体」の勢力は「ソ連はアメリカの2倍以上のミサイルを持っている」「ベトナムでのソ連の影響力拡大を阻止しないとアジアの親米国がどんどん共産化してしまうだろう(ドミノ理論)」「アメリカには、ソ連のミサイルを撃ち落とすミサイル防衛体制が必要だ」といったような、軍事費を急増させるための誇張した報告書や分析書を政府に提出したり、新聞にリークする行動を続けた。アイゼンハワーの次の大統領となったケネディは、誇張に引っかかってベトナム戦争を拡大させた。ジャクソンはそうした軍産複合体の一角を担う政治家だった。(続く)
1060 田中宇氏のネオコン分析(1) 古沢襄
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