日本海軍のことばかり書くので気がひける。だが身内には海軍が多いので仕方がない。一番のお偉さんは平出海軍少将。イタリア仕込みの海軍タカ派の「艦隊派」。叔父に当たる岸丈夫と杉浦幸雄は海軍といっても横須賀海兵団の水兵さん。
私は旧制中学の一年と二年の時に陸軍幼年学校を志願しようとした。オヤジの反対の言い草は「お前は海軍兵学校を志願しろ。それまで中学で勉強しろ」。一応は反抗した。だいたい水泳は得意ではない。千曲川で覚えた抜き手泳法とプールの平泳ぎがせいぜい。おまけに戦時中の風潮は陸軍が主流で海軍は傍流。
オヤジの言い草が憎い。「軍艦が沈められたらクロールで泳ぐ馬鹿はいない。救援がくるまで立ち泳ぎさえ出来れば十分」。
実は水のことがある。
私は子供の頃から朝起きたらコップに二杯の水を飲む。これが健康法だと信じている。ところが戦時中に軍事教官が「東郷さんは一杯のコップ水で口をすすぎ、顔を洗った」と訓辞した。軍艦に乗り組むと水が飲めないと分かった。陸軍なら水道水は無くても泥水をすすればいいじゃーないの。
軍律厳しい海軍さんの筈だが、岸丈夫と杉浦幸雄は海兵団で楽をしている。水兵を鍛えるために精神棒なるものがあって、たるんだ水兵さんは尻がはれ上がるほど精神棒で叩かれた。これでは堪らぬと二人の叔父は上官に一枚の名刺を差し出した。
平出海軍少将の名刺に「甥を鍛えてくれ」と添え書きがある。”鍛えてくれ”とはほどほどの教育訓練にしてくれと同義語の上官命令である。その日から二人の漫画家は特別待遇になったというから、どこの世界にも裏口がある。
岸の叔父に言わせると「こんなものがあるんだが・・・」と上官に名刺を出したら顔色が変わったという。「閣下の甥御さんか」と言葉まで丁寧になったそうだ。軍隊というのは階級がものをいう官僚世界といえる。
杉浦の叔父は名刺のことは書いていないが、海兵団で真っ白なご飯とマグロのトロの刺身を満腹するまで食べられたという。軍律厳しい海兵団で特別待遇を受けて、日がな一日をゴロゴロしていたと「わが漫画人生」に書いている。
敗戦後、その話を聞いて若かったから猛烈に反発した。父は平出から「陸軍から徴集される前に海軍がとる」と言われていたが「一億国民が戦っている時に自分だけが特別待遇を受けることはできない」と断って、陸軍の召集令状を受けて満州に渡っている。そしてシベリアに連行されて敗戦の翌年に三十九歳で病死した。
二人の叔父に反発した私は東郷さんが言った”一杯のコップ水で口をすすぎ、顔を洗う”ことをわざとやってみた時期がある。といって水を飲む習慣をやめたわけではない。それを見ていた”ものぐさ友人”が「顔は喫茶店のおしぼりで拭けば十分。口をすすぐのも喫茶店の水でやればいい」という。この友人の父親は海軍将校でレイテ海戦で戦死している。日本海軍のヨタ話かも知れないが時折思い出す。
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1985 軍艦が沈められたら立ち泳ぎ 古沢襄
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