いまは言葉しかない。戦国時代は剣で果たし合いをやり、相手を落命させたりした。剣に代わって拳銃や刃物が登場したが、それを使うのは犯罪者、あるいは犯罪者を追う警察官の武器として拳銃がある。
私たち一般市民が果たし合いの心情で相手と向かい合う時は、言葉だけが武器だ。言葉の限界はあるし、言葉の威力で相手を死に至らしめることはまずないが、社会的生命、政治生命にかかわる緊迫の場面は時折みられる。言葉を駆使した真剣勝負だ。
今回、民主党の小沢一郎幹事長と生方幸夫副幹事長の間で演じられた解任騒動は、そんなことを思わせた。観客の国民の多くは、相当熱をこめてことの成り行きを凝視したはずだ。勝負は延長戦に持ち込まれた形勢だが、途中経過は小沢さんの旗色が悪い。幹事長を退かざるを得ないところまでいくかもしれない。
まず、経過を簡単にたどると、生方さんは三月十七日付『産経新聞』のインタビューで、小沢さんの独裁的な党運営を批判し、政治資金疑惑について、
「小沢さんがしかるべき場所できちんと説明するのが第一。それで国民の納得が得られなければ自ら進退を考えるしかない」とひと太刀浴びせた。きちんとした説明などできるはずがないのは周知のことだから、事実上の辞任要求とみることができる。
翌十八日、高嶋良充筆頭副幹事長が、「党外で発言するのはおかしい」と生方さんに辞表提出を要求、生方さんはこれを拒否、高嶋さんは緊急副幹事長会議を開いて、小沢さんの了解のもと解任を決定、補充人事まで発表した。
幹事長を補佐する役割の副幹事長が、幹事長の進退に言及するのはルール違反、先に辞任してからにすべきだ、というのも筋論である。だが、平時の組織運営上はそうかもしれないが、生方発言の中身は世論の大勢でもあり、民主党には火がついている。戦時にもかかわらず、内輪もめしていると映った。
生方さんは解任を通告されたあと、民放テレビに連続出演、執行部の言論封殺的な措置に抗議し、小沢批判の持論をぶち続けた。世論と結託し、小沢執行部と全面対決の形である。
どうみても生方さんの切っ先が鋭く、小沢さんは守勢、民主党のダメージが広がりだした。情勢不利とみた鳩山由紀夫首相が、小沢さんに待ったをかけたのは当然すぎることだった。
◇政治力の減殺を招いた金銭疑惑と世間の不信
二十三日午後一時すぎ、小沢さんは急きょ国会内の幹事長室に生方さんを呼び出し、「参院選を控えて党の団結と協力が大事な時なので、ぜひ生方君もみんなと仲良く、副幹事長の職務に全力を挙げてくれ」
「分かりました」のやりとりになる。解任撤回だ。生方さんにしてみれば、もともと辞任の意思はないのだから、元に戻っただけである。しかし、それで終われば、勝負は痛み分け、生方さんはピエロ同然となる。
「私の方でもお話ししたいことが二、三ある」と切り出したが、小沢さんの腰はすでに浮いており、
「副幹事長なのだから、話はいつでもできるじゃないか。いまは時間がない」と言うなりそそくさと幹事長室をあとにした。会談時間はほんの一、二分だった。
この最終場面をどうみるか。小沢さんは生方さんから〈二、三の話〉を聞いてしまうと、そこから新たな火がつき、論争が生方さんを通じて世間に公表されれば、勝負は一段と不利になると警戒して、逃げた。
生方さんが何を言おうとしたかはわからないが、多分、産経インタビューの趣旨を繰り返し、党内の風通しをよくするよう求めるつもりだったと思われる。逃げるにまかせず、
「ちょっと待ってください」と追いすがってでも最後のひと太刀を振り下ろすべきだった。生方さん、当選四回、六十二歳、小沢さんに単身たてついた勇気は買うが、残念ながら肝心な大勝負どころで太刀さばきに鋭さが欠けた。果たし合いになっていない。
この解任騒動による民主党のイメージダウンは明白で、小沢さんは〈党の団結と協力〉を生方さんに呼びかけたが、団結どころか逆に党内の亀裂を見せつけることになった。しかも、生方さんが訴えたことは何ひとつ解決していない。高嶋さんは、
「雨降って地固まる、ということもある」と述べたそうだが、雨が降っただけ、で推移しているのだ。
もうひとつ感じるのは、小沢さんのパワーダウンである。タフ・ネゴシエーターとしての力量はかねてから定評があったのだが、最近はすごみが乏しい。細川連立政権誕生の政治工作(九三年)、福田政権との大連立合意(〇七年)などでみせた小沢さんの周到な構想力と説得力には目を見張るものがあった。
ことに大連立を渋る福田康夫首相(当時)をしぶとくかき口説いた経過は、すべて真相が明かされたわけではないが、小沢さんにしかできない離れ業だった。結果的に不発に終わったが、もし実現しておれば日本の政治地図はまったく違う姿になっていたはずだ。
大連立の是非はともかく、小沢パワーが残した数々のことは、その強引な手法から政界に小沢恐怖症をまき散らし、生方さんもテレビコメンテーターたちから、
「小沢さんは怖いですか」と何度も質問されることになった。しかし、大分変化が起きている。
つまり、小沢さんに従来の突破力があれば、生方さん一人を説得するぐらいやさしいことと思われる。それができないのはなぜなのか。小沢さんをめぐる金銭疑惑と世間の根深い不信が、政治力を著しく減殺しているとみるしかない。
民主党の中心に座っている小沢さんの足元が揺らいでいるのは、民主党の不幸である。小沢問題をクリアできなければ、民主党はじり貧だ。生方事件はそのことを改めて示した。(サンデー毎日)
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