10711 江沢民が北京のオペラ座に現れ健在ぶりをアピール  宮崎正弘

おっと、忘れるところでしたっけ。李瑞環と呉儀女史が北京でテニス観戦。郭金竜(北京党書記)を伴って・・・。
江沢民の動静が伝わった。9月22日、北京のオペラ座(国家大劇院、天安門広場の南西)に現れ、その健在ぶりをアピールしたのだ。「薄王事件」で影響力激落中の上海派が「くたばってませんよ。上皇様は」と政局に介入した政治的意味がある。
ところが胡錦涛率いる団派も演出では負けてはいなかった。
もはや忘却の彼方と思われていた李瑞環、呉儀が揃って北京でテニス観戦。しかも現職の北京党書記の郭金竜と副書記の王安順を伴っていたため大きな話題となる。久しぶりに見る写真はかなり老人臭いが、よたよたしていない。
李瑞環(78歳、政商会議主席を92年から2003年までつとめ、序列四位だった)は往時、江沢民の腐敗を糾弾する急先鋒だった。李は大学に進学できず、大工出身。庶民から人気が高かった。日本通でもあった。
呉儀(72歳、2002年から03年まで温家宝首相の副官=副首相)。彼女は石油エンジニアだった。副首相時代に、靖国問題で小泉首相との会見をドタキャンした女傑。彼女は薄煕来が当時、副首相を狙って下工作をしていたときに断固反対し、上海派を敵にまわしてもひるまなかった。
政界奥の院では、老齢OBがまたでてきて、最後の権力闘争の助演をしている。
李鵬、朱容基につづき、喬石も回想録をだしたことは、小誌でもつたえた。しかし公然と姿をあらわすことは稀で、朱容基が大衆の前に現れたのは北京五輪、翌年の軍事パレードが最後の筈である。
したがって引退した政治家が、間接的な政治勢力支援の演出を込めて、姿を現すこと自体が異例なのである。
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  読者の声 どくしゃのこえ 読者之声
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(読者の声)尖閣国有化のタイミングについての考察。
彼の暗黙の了承を得たとしても、時期が不適切。このような問題が起こると必ず民衆が暴れると見なければならない。然らば、少なくとも、北京、天津、山東、遼寧一帯の政治、経済の中心部において暴れる活動の抑制可能な、11月から3月頃までにすべきであった。5月から10月中旬までの北京は温暖で野外活動、すなわち大量動員と反日デモに最適の時期である。
一方、10月下旬頃からの北京を例にとれば、夏から冬へと一挙に寒くなる。寒くなれば路面が凍結して滑って転ぶから、走りにくくなり、晴天の日でも帽子、手袋、長めのコートを着なければ、戸外に立っていられない。したがって、暴れる活動を抑制する11月以降に国有化を明言すべきであった。なお、西安、重慶、成都、武漢など奥地の政経中枢部の冬もかなり寒いから、大衆運動がやりにくい。
これまでの華北における大衆運動、暴動の事例の大部分は、4月、6月、8月に起きている。政界、官界の中枢は、このような判断をしなかったのか?
作戦行動の時期の決定上、気象条件とその影響度に関する判断は極めて重要である。(高井三郎 元陸上自衛隊教官、退役一等陸佐、軍事評論家)
杜父魚文庫

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