すべて毛沢東の猿まね、武漢に三日間も滞在し、ぶつぶつと演説ばかり。習近平は毛沢東が好きだった豚の角煮をたべて・・・。
湖北省武漢に毛沢東は38回も訪問し、ここで66人の内外要人と会見した。
そうだ、オレは毛沢東のように偉いんだ。習近平は自らそう信じ込むことによって中国の夢を実現する指導者として振る舞いたい。だから7月21日から23日まで武漢に滞在して、つぎからつぎへ思いつきを発表した。
習執行部は内部の主導権争い、権力状況が錯綜している。
あまりの頼りなさに江沢民がキッシンジャーを招いて「習近平は優秀な指導者だ」と持ち上げたことを意図的にリークし、応援歌を送ったが、逆に言えば習近平は無能ぶりを曝していることになる。
くわえて習近平を軽くみる団派が政治局全体では多数派。前にも指摘したように、序列8位の李源潮(国家副主席)が第三位から七位の政治局常務委員をさしおいて、北朝鮮を訪問した。
序列9位の王洋(副首相)は「米中経済戦略対話」を主導するため渡米した。無能の習近平や上海派の四人(劉雲山、張?江、張高麗、愈正声)には任せられないからだ。太子党仲間の王岐山には「反腐敗キャンペーン」の責任者を押しつけ、習は宴会へ行っても高級酒に手を出さず、アワビをたべず、ひたすら豚の角煮を所望する(理由は毛沢東が無類の豚の角煮好きだったから)。
かくて北京の高級レストランはガラガラ、従業員の多くが解雇されて、ついには高級ホテルもガラガラとなった。マオタイはバーゲンセールを始めた。
▼贅沢な宴会ばかりか、政府庁舎の新築工事も禁止された
日頃、相手にもしていなかった小国の大使館から昼飯でも、と呼ばれると、最近は党幹部もいそいそと出かける。理由は外交上の仕事であり、ワインがでても、それは外交上呑まなければいけない。いま反腐敗キャンペーンによってマオタイ酒を飲んだり、アワビをたべて、その写真がブログにアップされただけで左遷、停職処分など粛正の嵐が吹いている。まさに文革以来、これは「整風」である。
しかも向こう5年間、新たな政府庁舎の建設を禁止する通達が出た。
習近平は武漢で真っ先に毛沢東旧居を訪問し、随行した湖北省党委員会書記の李鴻忠と同省省長の王国生に対して「ことしは毛沢東生誕120年である。旧居を改築し、革命愛国基地とするように」と命じた。
猿まねを前にも演じた男がいる。1992年のトウ小平の「南巡講和の旅」は、この湖北省武漢から開始され、トウは「党の問題は形式主義、官僚主義に陥っていることである。電話一本ですませる事柄を、会議をやる必要はない。長い会議に長い文章に長い演説、内容は重複しており、新しいことは何もなく、この形式主義を打破せよ」とトウ小平は武漢で演説したのだ。
猿まね現代版を実践する習近平は、「形式主義、官僚主義、享楽主義、そして奢摩主義。これら四つの風を是正しなければならない」と言った。
もともと習近平が総書記就任後まっさきに行ったのは深センだった。トウ小平の「南巡講和」の真似をしようとしたのだが、誰も注目せず、むしろこのときは軍区、戦区、海軍基地を訪問したことに注目が集まった。
「戦争の準備をせよ」という軍への緊張を強いた演説に世界のマスコミは注目したが、それ以後の行動をみていると、やはり予想通りに習近平は軍を抑えておらず、とりわけ総参謀部が習演説にまったく反応していないのだ。
杜父魚文庫
13497 無能の習近平や上海派の四人に任せられない 宮崎正弘
宮崎正弘
コメント
チャンネル桜討論で『月刊中国』 主編 鳴霞(めいか) さんが言っておりました。文革時代農村に習近平は行っていて勉強はしていない。また当時の精華大は日本の小学校並みだったそうです。激辛批評です。その後勉強したのでしょう。