1197 真空となるイラクの石油鉱区を中国が代替 宮崎正弘

「イラクから米軍が撤退後、安全保障的にも経済的にも“真空“の状態となれば、イラクの石油鉱区開発プロジェクトを埋めていくのは中国となるだろう」(米国ジェイムズタウン財団発行『チャイナブリーフ』、07年11月14日号)。
イラクと中国との関係復活は急である。
タラバニ(イラク)大統領は、イラク石油相を含む閣僚ら36名を引き連れて北京を訪問したのは07年6月20日だった。タラバニ大統領はクルド族の代表でもあり、個人としての訪中は四回目だが、イラク大統領としての公式訪問は初めてである。
イラクは過去の債務帳消しを要請し、中国は「一部」の帳消しに応じた。
イランイラク戦争中、中国は両国にシルクワームミサイルを含む重火器を輸出していた。
1982年から89年までに中国がイラクへ供与した武器は、合計40億ドル以上、利息を入れると80億ドルと推計されており、これはイランへ供給した武器代金のおよそ二倍に達する。
2004年統計でイラクの中国への債務は58億ドルに達していた(AFP、04年2月29日付け)。実際には80億ドルから100億ドルの債務不履行があり、中国側は「一部」の帳消しを発表したのみである。
温家宝首相は、その後「人権主義に乗っ取り医薬品、医療関係の援助を削減する」としたが、その額は五千万元(7億5000万円)に過ぎない。
パリクラブは対イラク向け債務の80%削減を主唱した。だからイラクは80%削減を要求したのだが、中国はパリクラブのメンバーではない。
もちろん、当時サダム・フセイン独裁下のイラクは、有力な油田開発を中国に認めていた。だから中国はシャカリキになって武器を売っていたのだ。
97年に中国はサダム・フセインとの間で、23年間の長期契約を結び、12億ドルで最有力埋蔵の「アルアダブ石油鉱区」の開発を契約していた。契約はイラク国有石油機構と人民解放軍系列の「北方集団(ノリンコ)」との間で成立した。
▼イラクは中国側の投資に前向きな態度に豹変していた
中国は、この『反故』同然となったサダム時代の契約を箪笥から取りだし、改めての履行を迫った。イラク側は「テクニカルな問題が残るが、原則賛成」と回答したという。
この間も、中国はせっせとイラクへ軽火器類を輸出していた。それらはイラク駐在の米兵の殺傷に使われていた(ワールドトリビューン、5月1日付け)。
武器の中には82ミリ、100ミリのロケットが含まれており、イランからの密輸品のなかに混入していた。
またイラクのテレビは「警察官の武装のため中国から一億ドルの武器を購入する。すぐにイラク警察を武装させるには米国での生産をまってはおられないからだ」とする報道をした。「イラクの警察官は五人に一人しか武装していないのは事実」(ワシントンポスト、10月4日付け)。
十月下旬、上海重工業は、イラクの巨大発電所建設に合意した(バグダッドの南東ワシト発電所。1300メガワット)。これは現有発電能力の25%増の電力を供給できる(NYタイムズ、10月18日付け)。
 
このような環境の変化は、米軍のイラクからの撤退が政治日程に入り、イラク側が「次のシナリオ」に備えているからである。イラク戦争からこのかた、あらかたの鉱区開発および石油輸出ビジネスは米国が独占してきた。
かくしてイラクは、スーダン、アンゴラ、ナイジェリアそしてエチオピアと続く「石油鉱区の中国化」に邁進する気配濃厚なのである。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)

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