3009 決断の時は近づいている 古沢襄

西松建設献金事件をめぐる東京地検特捜部と民主党の小沢代表は、双方が一歩も退かない全面戦争の様相となった。小沢代表は逮捕された大久保公設第一秘書の起訴はないと、強気の態度を崩していないが、その言い回しが「衆院選で勝利を得なければならない。今後の行動の基準はその点に物差しを置いて判断したい」と微妙に変わった。
<民主党の小沢一郎代表は10日、西松建設献金事件をめぐる自身の進退について「政権交代のためには衆院選で勝利を得なければならない。今後の行動の基準はその点に物差しを置いて判断したい」と述べ、事件が次期衆院選に悪影響を及ぼす場合は辞任する可能性を示唆した。ただ現時点での辞任は否定した。公設第1秘書の逮捕に関しては「起訴になったりしないと思う」と重ねて強調した。(共同)>
全く関係のないことだが、ソ連軍が侵攻してきた満州で迎えうった二人の親族のことを思い浮かべた。一人は明治大学から学徒出陣で関東軍の機関銃中隊の中隊長だった叔父。侵攻してきたソ連軍に対して銃身が焼けるくらい撃ちまくって、一時はソ連軍の前進をくい止めたが弾を撃ち尽くした。
「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓が頭をかすめたが、部下の負傷者を見ている中に「十分に戦った」と虚脱状態になったという。「自分が陸軍士官学校出の中隊長だったら、残った部下を率いて斬り込みをかけて全員玉砕していただろう」・・・シベリアに抑留されて帰国した叔父の言葉が忘れられない。しかし死損なったという後ろめたさが生涯つきまとった。
もう一人は父である。ハイラルの兵器廠でソ連軍を迎え撃った。多くの戦死者を出して部隊はソ連軍に捕らえられ、シベリアに抑留された。三十九歳の老兵だったために敗戦の翌年五月に抑留先で栄養失調死している。
敗戦必至の戦局の中で本土決戦を唱えて多くの国民を死地に追いやった戦争指導者たちを許すわけにはいかない。サイパン玉砕で終戦に踏み切るべきであった。その後の沖縄戦、東京大空襲、広島・長崎の原爆投下は、戦争指導者たちが招いた罪である。
指導者たる者は、自らを犠牲にしてでも多くの人を救う判断力が必要でないか。民主党はまだ自民党と互角で戦う余力を残している。小沢代表が「衆院選で勝利を得なければならない。今後の行動の基準はその点に物差しを置いて判断したい」という言葉を多くの民主党員は信じているのではないだろうか。決断の時は近づいている。
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