8371 9・11からちょうど10年 古森義久

今朝のアメリカは9・11同時中枢テロの10周年の行事でいっぱいです。ワシントン地区ではテロ犯たちが旅客機の1機を突入させた国防総省でブッシュ前大統領、バイデン現副大統領らが参列して、犠牲者の追悼式が催されました。
旅客機の突入は正確には2001年9月11日午前9時37分、今回は正確にこの時間に1分ほどの黙祷が捧げられました。
今日のワシントン地区は10年前と似て、晴れです。あえていえば、10年前のほうが秋らしい、澄んだ青空でした。今年はやや曇り、大気も夏の湿気をにじませています。
あれから10年、あたりまえですが、実にいろいろな出来事がありました。ワシントン駐在の記者としての私も実に多数の記事を書きました。9・11の教訓として書いたそんな記事のなかで自分自身がよく覚えている一つは以下です。
<<【緯度経度】ワシントン 古森義久 「国家」の意義を再認識>>
米国弁護士協会の「法律と国家安全保障の委員会」の研究会議に出た。九月二十八日の早朝、秋の気配が迫ったワシントンで、である。
この委員会は国防、軍事、外交、諜報など国の安全に関連する機関にかかわる弁護士たちが安全保障について論じるフォーラムなのだが、今回は米中枢同時テロへの法律面での対応を広範に討論する緊急の集まりとなった。論題は「国内のテロ脅威への法的な対応」とされていた。
国防総省、議会、CIA、FBI、国家安全保障局などの法務部門の現旧代表がつぎつぎに立ち、二百人ほどの参加者に向け、今後のテロ壊滅作戦での法律上の課題を説明する。疾病対策センターや防火工学研究所、核拡散防止の研究機関の代表までが持ち場の状況を報告する。その後は質疑応答となり、熱のこもった会議は三時間近く続いた。会議全体を通じてとくに印象に残ったのは、史上最悪の大テロへの急場の対応の渦中で法律専門家たちのこうした政策研究がじっくりとなされることのほかに、ある民間機関の代表が述べた次の言葉だった。
「今回の事態で明白になったのは私たちをこの種のテロ攻撃から守ってくれるのは国家しかないという事実です。最近の米国でも世界でもグローバリゼーションとか、国境なき、とかいう標語がもてはやされてきたけれども、いざという際に一般市民を守るのは結局は国民国家の政府だけだということです」
たしかに政経グローバル化や国境を越えた多国籍経済を象徴する世界貿易センターがテロで崩れ落ちたとき、被害者を救うのは米国という国家の警官や消防士だった。テロ勢力を追い、滅ぼし、同様の大量殺人が二度と起きないようにするのも米国という国家の軍事力であり、政治力となる。このプロセスではマイクロソフトのようなグローバルな大企業も、国連のような国際機関も、日本でも急増した一連の非政府組織(NGO)も、すっかり無力となる。恐ろしい大規模テロの復旧作業も、再発の防止措置も、テロの壊滅作戦も、米国のような主権国家の政府に頼るしか方途はないことがいやというほど証明されたのだ。
これまでのグローバルな技術や金融の広がりのなかでは国家はなにか時代遅れの存在のように扱われだしていた。国家の主権や国境はハイテクや創意の地球規模の流れにとってはなにか障壁のような負の要因にみられがちだった。
だが今回のテロが起こした大惨事は、いざという最悪の事態に個々の人間を守るのはやはり国家しかないという真理をみせつけて、主権国家の意義を一般に再認識させたようなのである。しかしよく考えれば、統治のメカニズムを持つ整序された国民共同体である国家が、その統治を託された自国民の安全を守るのは当然である。国民の保護や防衛は国家の責務でもある。
「ある国家が自国の国民や代表を暴力から守ろうとする努力の発揮は、その国家の偉大さを測定する最も真実な指針である」
イギリスのウィンストン・チャーチル元首相の言葉である。国家には国民を守る責務があり、その責務の遂行のためにどこまで努力するかがその国家の格を決めるという意味だった。
今回のテロで期せずして明示された国家の意味は、日本の一部での国家観や平和観のゆがみをも正してほしいところである。
社会思想史の権威の関嘉彦・都立大学名誉教授が語った。
「自由と民主主義に立脚する平和は武力なしには守れない。いまの世界で武力の保持や行使を正当化されている単位は国家しかない。だから国家なしに平和を守ることはできないわけです。そのへんの現実が今回のテロで再確認され、日本でも国家を弾圧の道具のような悪だとする主張の空疎が印象づけられたでしょう」
たしかに日本では一部の政党やマスコミには国家を悪しき存在とする傾向がある。日本の民主主義の大前提を認めずに、国家を国民とは対極に置いて、「国家権力」「国家弾圧」という表現を常用する。この理屈に従えば、今回のテロの日本人犠牲者二十数人に対しても日本国政府はなんの関係もないことになる。
だが実際にはそうではないという現実はいまやあまりにも明白であろう
杜父魚文庫

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