北朝鮮の朝鮮人民軍人事が軍団長クラスの若返りを図っているといわれている中で、ことし71歳で朝鮮人民軍強硬派の顔といわれた金格植(キム・ギョクシク)第四軍団長が平壌の総参謀部副参謀長に起用された。
金格植大将は昨年11月に延坪島砲撃を主導した軍団長。韓国の朝鮮日報は金格植氏の異動について、単なる若返り人事か、他に狙いがあるか分からないとしている。
<昨年11月に延坪島砲撃を主導したことで知られる朝鮮人民軍第4軍団の金格植(キム・ギョクシク)軍団長(大将)=71=が、総参謀部副参謀長に起用されたことが16日までに分かった。
韓国政府の関係者はこの日「金格植氏は1―2カ月ほど前から第4軍団の管轄地域(黄海道周辺)で姿が見えなくなったが、最近、平壌で執り行われた軍首脳部の行事に何度か登場していた。追跡調査を行ったところ、どうやら副総参謀長の職務を担当している可能性が高いことが分かった」
「2009年から相次いで発生した北朝鮮による挑発行為は、全て金格植氏の仕業と考えて間違いない。このように朝鮮人民軍強硬派の顔ともいえる人物が異動した背景については、現在調べているところだ」などと語った。
西部方面の最前戦を管轄する第2軍団長を13年間(1994‐2007)務めるなど、現場での戦闘に詳しいとされる金格植氏は2007年4月、韓国の合同参謀議長に相当する総参謀長に就任した。ところが2009年2月に突然この職を解任され、黄海道や西海(黄海)北方限界線(NLL)を管轄する第4軍団長に降格人事となったが、北朝鮮による西海での軍事挑発が相次ぐようになったのは、まさにこの直後からだ。
金格植氏が第4軍団長となった直後の2009年2月24日、朝鮮人民軍はNLL周辺で海岸砲訓練を行い、韓国側を緊張させた。
また同年11月には大青海戦で韓国海軍に敗れたが、昨年はNLL周辺を狙った海岸砲による砲撃(1月)、哨戒艦「天安」爆沈(3月)、NLL南側に向けた海岸砲による砲撃(8月)、延坪島砲撃(11月)などが相次いだ。しかも延坪島砲撃直前には、金正日(キム・ジョンイル)総書記と金正恩(キム・ジョンウン)氏が黄海道を訪れ、金格植氏に会っていたこともすでに分かっている。
金格植氏が総参謀部に再び異動したことについて、かつて北朝鮮政府関係者だった脱北者のA氏は「これまで現場で結果を残したことへの見返り人事という意味合いがあるのではないか」「栄転かどうかはまだ分からないが、少なくとも更迭ではないだろう」とコメントした。
韓国政府筋は「(金総書記の後継者である)金正恩氏が現場の軍団長を若返りさせるに当たり、金格植氏も交代させたのではないか」「金格植氏が第4軍団長から退いたというだけで、北朝鮮が韓国に対話を求めてくると考えるのは時期尚早だ」との見方を示した。
北朝鮮の戦時の指揮系統からすると、最高司令官の金総書記から直接の指示を受ける総参謀部は、いわば朝鮮人民軍による作戦を総指揮する立場にある。総参謀部はその配下に九つの正規軍団、二つの機械化軍団、平壌防御司令部、海軍司令部、空軍司令部などを置いているからだ。つまり実際に作戦を遂行する陸海空軍は、総参謀部の指示を受けて動くことになっているというわけだ。
総参謀長の李英鎬(リ・ヨンホ)次帥(大将の上の階級)はここ2年間で一気に昇進し、昨年9月には金総書記らと共に朝鮮労働党政治局常務委員にまで上り詰め、現在は次の金正恩時代に代表的な軍の実力者になるものとして注目を集めている。現在、その配下には、金正恩氏・正哲氏兄弟のバスケットボールコーチだった崔富日(チェ・ブイル)大将、元空軍司令官の呉金哲(オ・グムチョル)上将(中将に相当)など、5人から6人の副総参謀長がいることが分かっている。(朝鮮日報)>
杜父魚文庫
8673 延坪島砲撃を主導した金格植氏、平壌に異動か 古沢襄
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