10771 攻めは強いが守りには弱い記者たち  古澤襄

週刊朝日と橋下大阪市長のバトルで低迷気味だった維新の会は、また持ち直すな、感じている。こういうトラブルをマイナスからプラスに転化させる橋下氏の異能さは群を抜いている。私の好きなタイプではないが、やはり当代一の才能を持つ政治家だと認めざるを得ない。
それだけに風に乗って当選してきた国会議員たちの未熟さ、お粗末ぶりが目立ってならない。次の選挙ではお粗末議員のあらかたは落選して舞台から消えていくのだろうが、また選手交代でバカな議員が少なからず国会に姿をみせると思うと民主政治というのは時間と辛抱の連鎖と思わざるを得ない。
五十五年前に記者になった頃、初めてテレビが新しいメデイアとして登場した。力道山のプロレスで売るテレビなどは、娯楽番組のためにある、政治ニュースとは無縁の存在と一段低くみていた。やがて事件、事故の報道で新聞報道にない速報性で優位に立つ。ラジオよりも生々しい映像の威力をみせつけられて、新聞写真にはない速報力と迫真性を口惜しいが認めざるを得なくなった。
最近になって思うのは、記者会見で取材する記者たちの方にカメラを向けて放映する手法がとられる様になった。石原東京都知事が質問する記者をやり込めるのは、むしろ痛快な思いでみる視聴者が増えている。取材を逆手にとる手法は橋下大阪市長もとっている。
こうなると取材する側も事前にかなり勉強せざるを得なくなる。一方的な質問攻勢が得意な記者たちも、逆質問されるとシドロモドロになったり沈黙する場面が多くみられた。攻めは強いが守りには弱い典型である。いまでは都庁記者も大阪市政記者も鍛えられて、結構、丁々発止の場面が出ている。
すこし昔の話になるが、六〇年安保の時代に特別委員会の与野党質疑を一問一答形式で報じる手法がとられた。各社は中堅政治記者と経済記者を委員会取材に張り付けて、夕刊で速報合戦を演じていた。一問一答をすべて報道するわけではない。ニュースになる一問一答を見分けて速報するのだから、夕刊紙面で各社の力量が歴然と出る。
これも政策には強いといえない政治記者を鍛える格好の場となっている。
人事担当の役員になって、過去の入社試験の成績と現在の記者能力を調査したことがある。気がついたのは、入社試験のテストで一番だった記者が必ずしも現役記者で優れた仕事をしていない現実であった。入社試験の選抜方法を抜本的に改革しないことには、”お利口さん”のサラリーマン記者が増える。これでは激しい競争社会のマスコミで勝ち抜くことはできない。
引退した八〇歳の老骨のたわごとなのかも知れないが、マスゴミと揶揄されるメデイアの世界も、結構、改革と変化を重ねて今日に至っている内部事情を言ったつもりである。
杜父魚文庫

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