病後、初の地方旅行だったが人間の身体はよほど丈夫に作られているらしい。タバコ、深酒、睡眠不足といった医者からとめられていることを一向に改めない私だが、軽い脳血栓で不随となっていた左足がいつの間にか直っている。杖をついて歩く必要もない。
新聞もテレビも真面目に見ない日常が十年以上も続いているが、それでも初の党首対決となった安倍・小沢論戦だけは真面目にみた。正直にいって期待を裏切られた。まだ若い筈だが”小沢老いたり”という印象。ご本人は原理・原則論にこだわったのだろうが、激動している国際情勢の中でピンボケの印象が拭えない。質問がズレているから、安倍首相の発言もパッとしない。
誰がみても北朝鮮が核実験を行った事態は”周辺事態法”でいう「わが国周辺の地域におけるわが国の平和及び安全に重要な影響を与える事態(周辺事態法 第1条)」ではないか。それを「周辺事態法の適用は認められない」という前提で、重箱の隅を突っつく言葉の遊びをする様は頂けない。こんな党首討論ならやらない方がいい。
七年前には小沢党首が率いた自由党は自民、公明両党とともに周辺事態法に賛成票を投じている。これに対して民主党は反対した。自由党に対して「周辺事態を自衛権の観点から捉えることで解釈改憲を目論む自由党の姿勢」と批判している。
民主党の反対は自衛権の拡大解釈を伴えば周辺事態をむしろ拡大しかねないのみならず、解釈改憲への道を開くことになりかねない・・・というもので、周辺事態を専守防衛と関連付けて限定し、その観点から自由党案と対立している。民主党が自由党案に反発した背景は、自民・公明両党が自由党を巻き込んで、周辺事態法の修正協議を進めていたことにあった。
自民・公明両党が自由党ではなく、民主党との修正協議に軸足を置いていれば、違った展開になっていただろう。だが民主党の中には前原グループの様に安全保障政策に積極的なな考え方を持つ者がある一方で、旧社会党グループの様に周辺事態法そのものに賛成しない者がいて、党としての統一見解が揺れていた。結局は小沢自由党を仲間に選択するしかなかったといえる。
その小沢自由党が民主党と合併した。自由党は民主党に吸収合併されたのではない。合併に当たって、安全保障政策で自由党や前原グループ、自民党系、民社党系の主導権を確立して、旧社会党を数のうえで圧倒しておくべきでなかったか。その点が曖昧なまま合併したので、いまだに民主党の安全保障政策が曖昧なまま残されている。
一方、現在の周辺事態法は、修正協議の中でそれぞれの党の考え方の違いを反映して、かなり曖昧な妥協の産物となった。ザル法といってもよい。小沢代表は、その点を突くべきだが、肝心の民主党の安全保障政策が曖昧なままだから、そこに斬り込むことが出来ない。そういう背景を理解しながら党首討論をみておいた方がいい。
国民にとって理解し難い小沢代表の原理・原則論だが、それはまた民主党のウイークポイントを露呈する結果となった。おまけに鳩山幹事長はモスクワで、北朝鮮が二度目の核実験をすれば、周辺事態法の適用要件になると”ドロ縄”的な発言をしている。基本政策が確立されていないから、こういう揺れた発言になる。これでは民主党の支持率がヒトケタに転落する筈である。この体たらくで果たして政権を奪取できるのであろうか。
245 小沢自由党はどこに行ったのか? 古沢襄
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