共同通信社の旧友だった松尾文夫氏が、日本語と英語の同時発信するブログ「松尾文夫アメリカウオッチ」を始めて、三年の歳月が経った。
このブログを発信するに当たって松尾氏は次のように述べている。
<松尾氏が取材するアメリカのパワーエリートのほとんどが、新聞の記事よりもブロッガーが発信する情報の影響を強く受けていることを肌で感じたからである。かつては朝起きて一番に朝刊に目を通していた政治のプロが、いまではまず有力ブログの画面を開くのだという。
衆目が一致するブロッガーのブログには広告がつき、共和、民主両党の全国大会でも独自の席が用意され、ホワイトハウスの記者証を手にするものもいて、メディアの中で市民権を得ていた。
私のようなフリーランスの老ジャーナリストにとって、IT産業革命の恩恵に浴するチャンスなのかもしれない、と思って帰国した。>
七十三歳になった松尾氏は”老ジャーナリスト”というが、七十五歳の私も”老ジャーナリスト”。
私のことは、ともかくとして、この老ジャーナリストのアメリカ人脈は、驚くほど広く深い。北京の伊藤正氏は金正日メッセージの存在をスクープしたが、自分の先輩に当たる松尾氏が、金正日メッセージの前にブッシュ・メッセージがあったと書いていることを称賛している。このブッシュ・メッセージはキッシンジャーを通じて、中国経由で金正日に伝えられている。金正日メッセージの前段があったのである。
米朝間の接近工作は米中接近のニクソン・ショックに比すべきものだという。一ヶ月ほど前のことになるが、松尾氏から電話が掛かってきて、東京に出てこないかと誘いがあった。私が記事にしていない政界情報を聞きたかったのであろう。私もブログに書かないアメリカ情報を直接聞きたい誘惑に駆られた。
ただ、私はまだ体調が完全に回復していない。三十五歳の時に罹った腎臓病が徐々に悪くなっている。この九月六日に最終検査のうえで腎臓の細胞診をするか、決めなくてはならぬ。ガンではないと思うが、蛋白尿がとまらないでいる。松尾氏と会いたかったが、事情を話して、他日に機会を譲ることにした。
松尾氏のブログの記事は、かなり長文でブログの常識を破るものである。それだけに専門的な視野がないと読み解くことが難渋をきわめる。忙しいマスコミにとっては、基礎知識がないと取っつき難い観がある。それでも松尾氏は時流に流されずに、慌てて記事にする拙速を避けている。たとえば、次の一文を読んでほしい。
<第10回の「アメリカウォッチ」として、私がジャーナリスト復帰の2002年以来提案している「ドレスデンの和解」日本版のテーマが、参議院議員選挙を控えて、自民、民主党首討論で取り上げられたことでもあり(小澤民主党代表が最初、アメリカがドレスデン無差別爆撃で謝罪していると述べたのは間違いで、後に同氏が戦後五十周年の節目に、ドイツと米英との間で和解の儀式が行われた、と訂正しているのが正しい)。
太平洋戦争終結以来放置されているこの日米関係のけじめについての私の提案の詳細を 、改めてまとめる予定です。そこでは、2007年1月17日付の第9回「アメリカウオッチ」で報告したアメリカにも出てきた核兵器廃絶提案の動きについてもふれるほか、ブッシュ大統領の広島献花という、これまで私が提起し続けている課題についても述べる予定です。
7月10日発売の中央公論8月号で「拉致敗戦‐日本は北朝鮮問題で致命的な孤立に追い込まれる」と題して、私が聞き手となったアメリカの北朝鮮をはじめとする東アジア問題の専門家、レオン・V・シーガル氏(ニューヨークにある社会科学調査評議会 (SSRC)北東アジア安全保障プロジェクト部長)との対談が掲載されています。
このテーマもブログ開始以来第1回、第2回、そして4月の写真つきの第9回「1枚の写真が語るアメリカと北朝鮮との間にだけあって日本には無い関係」で、継続的に報告してきたアメリカと北朝鮮との水面下での緊密な関係が、シーガル氏によって明快に分析されています。ご一読いただければ幸いです。(松尾文夫 2007年7月9日)>
拉致問題をめぐる様々な動きは奥底が深い。小池防衛相の跳ね上がりと評されている防衛省問題も東京地検特捜部がからむ奥底が見え隠れする。そこに斬り込むには、通常の取材では迫れない壁がある。松尾氏の健闘を祈っている。
松尾文夫氏略歴
○1933年8月12日東京生まれ
○1956年3月、学習院大学政経学部政治学科卒業。同年4月、共同通信社入社。大阪社会部、本社外信部を経てニューヨーク、ワシントン特派員(1964-69)。バンコク支局長(1981-84)。論説委員などを歴任。
○1984年末から共同通信社が米国のAP通信、ダウ・ジョーンズ社と提携して展開した、国際金融情報サービス「テレレート」の業務を担当。㈱共同通信社 常務取締役、㈱共同通信マーケッツ代表取締役社長などを歴任。
○2002年5月、松尾文夫事務所を設立、ジャーナリストに復帰。アメリカ専門家としての活動を開始。
○2002年7月、著書『銃を持つ民主主義―「アメリカという国」のなりたち―』(2004年3月 小学館刊)が、第52回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。
○2005年8月16日付 米Wall Street Journal紙に 「Tokyo Needs Its Dresden Moment」と題して寄稿、ブッシュ大統領の広島での献花などを提案。
○2006年3月、『銃を持つ民主主義』の音声版がiPodなどでのITuens Music Store・オーディオブックのノンフィクション部門で発売。
○2006年4月、ブログ松尾文夫「アメリカウォッチ」の発信を開始。
アドレスは http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmbrog.html
著書
「ニクソンのアメリカ」 (1972年 サイマル出版会)
『銃を持つ民主主義―「アメリカという国」のなりたち―』(2004年3月 小学館)
編訳書
「私の日本報告=マンスフィールド駐日大使=」 (1978年 サイマル出版会)
「ニクソン回顧録」 (1980年 小学館)
1996年版ベスト・エッセイ集「父と母の昔話」(1996年 文藝春秋)
日本エッセイスト・クラブ編「こころの一冊」(2005年4月 文藝春秋)
☆ 東京大学新聞研究所 講師(1987年 日米比較マスコミ論 非常勤)
☆ 財団法人エイ・エフ・エス日本協会 理事(2005年~)
944 ブッシュ・メッセージの存在 古沢襄
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