日本ではバブル景気が崩壊した1991年頃から2002年頃までの”平成大不況”の時代を指して「失われた10年」といった。長引く不況によって日本経済は大打撃を受け「21世紀は日本の世紀」という夢は、どこかに吹っ飛んでしまった。一億総中流意識も消えて、貧富の差をことさらに意識する格差社会がいわれるようになった。
こういう時代になると左右両極端から”窮乏革命論”が起こりやすくなる。中流層が壊滅すると国家は滅びるとは、古来、言われてきた格言。だが、失われた10年からは、このような極論は生まれていない。中流層が豊かさを失ったといっても、極端な革命思想に走るほど窮迫していない証左といえる。
戦前の五・一五事件や二・二六事件のような若手将校によるクーデターは、東北などの飢饉で若い娘たちが身売りする悲惨な状況下で、政治家や財界人を襲撃、殺害する過激行動を招いている。
平成大不況は、その危険性の一歩手前まで行ったのかもしれないが、日本経済は徐々に立ち直り、この数年は大手企業の業績が好転している。中小企業に業績好転の兆しはみえないが、破局的な事態になると予測する人は少ない。
しかし国民の閉塞感は徐々に広がりをみせている。将来に明るい展望がないからである。政治に対する不信、不満も根強い。参院選挙で野党が大勝したのも、現状打破を国民が求めたからである。だが、その結果、衆参のねじれ現象が生じて、国政は一層の停滞をみせている。
ここで「失われた10年」をもう一度、検証してみる必要がある。経済は生きものだから山があり谷がある。しかし政治や経済の無策から、必要以上に深い谷間に迷い込んだのではなかったか。
大不況の原因は識者がいろいろと分析している。①資産価格の著しい低下による、バランスシートの悪化②企業投資の歴史的な停滞③企業の債務返済による財政支出の乗数効果低下④財務当局の失政(景気が回復基調に転じた時点での消費税率引き上げや社会保険の給付引き締め)
⑤日銀の金融緩和の不徹底や物価動向に逆行する金融政策の実施(速水優総裁の主導によるデフレ下のゼロ金利解除等)⑥大手金融機関の経営の失敗(不良債権処理の先送り)⑦世界において相次いだ経済危機の余波(1992年ポンド危機、1994年 – 1995年メキシコ危機、1997年アジア通貨危機、1998年ロシア財政危機等)・・・これは専門家に任せよう。
ただ一点に絞っていえば、日銀の速見総裁主導による金融政策の失敗が印象として残っている。今、焦点となっている日銀総裁の人事は、庶民にとって雲の上の事ではない。日銀のハンドリングが誤れば、再び「失われた10年」が再現する。
あの「失われた10年」の時代にオウム事件、神戸連続児童殺傷事件など世紀末を思わせる社会事件が起こった。行き過ぎた不況は社会不安の温床となる。庶民の生活を直撃するといってよい。
政争の果てに日銀総裁が決まらない、あるいは空席になることは、雲の上の人事ではない。バブル崩壊直後には、まだ国民生活に余力があった。今は小泉改革の進行途上にあって格差が現実のものとなっている。その中で「失われた10年」の再現となれば、私が懸念する左右両極端から”窮乏革命論”が生まれるおそれがある。
現実には極端な右傾化思想が力を得るのでないか。それは戦前の悪夢をよびおこす。今の政治家にその危機意識があるのだろうか?残念ながら皆無といわざるを得ない。
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1632 失われた10年の再来か 古沢襄
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