2271 金正日総書記の影武者 古沢襄

北朝鮮は情報鎖国の独裁国家だから様々な憶測攻撃に見舞われる。身からでたサビなのだから仕方ない。憶測の最たるものは金正日総書記はすでに死亡していて、今の金正日は影武者という話。五月に金正日暗殺説があった。
欧米のメデイアでは、金正日の影武者が数人居るという説は以前からあった。その数人の写真が出たこともある。本物と見間違う”そっくり”さん。
だが影武者・金正日なら堂々と政権樹立60周年の記念行事のひな檀に並んで手を振ってみせれば良さそうなものである。影武者が脳卒中になったら、次の影武者を立てれば良いだけのこと。やはり脳卒中に襲われたのは本物の金正日総書記だということになる。
ただ本物の金正日総書記の容態が必ずしも思わしくないとなれば、影武者・金正日が必要になる。
北朝鮮は儒教の色濃い共産主義国家だといわれている。建国の父・金日成は絶対の存在で、その血統の世襲制がとられてきた。ポスト金正日は金日成の血筋から選ばれるが、帯に短したすきに長し。下手をすると世襲をめぐる子供たちの権力闘争になりかねない。
金正日支配を支えてきたのは趙明録ら軍長老だが、このような事態は全力を尽くして避けるつもりでいる。それは金日成の没後にもみられた。
金日成の健康状態は長い間、国家機密とされてきた。それだけに欧米メデイアから注目の的となり様々な憶測が流れている。韓国と米国の情報機関は、金日成が心臓疾患におかされているとみていた。
その金日成は1994年7月8日、激しい心臓発作に見舞われて午前2時に死去した。韓国の情報機関が1989年に東欧の某国に留学していた娘と金日成の衛星回線電話を盗聴している。金日成は「あと10年は大丈夫だ」と娘に言っていた。それから五年後の突然の死去であった。
金日成の死は34時間伏せられた。金正日が世界の目にふれたのは金日成広場で行われた国葬の場だったが、ずっと押し黙ったままで、欧米メデイアからは早くも金正日暗愚説が流れている。
この時にポスト金日成をめぐる後継争いが裏で繰り広げられていた。金正日は長男として居ながらにして後継者になったわけではない。金正日の実母・金正淑は抗日パルチザンの闘士。百発百中の射撃の名手だったという。金日成とは1938年に結婚している。
しかし1949年に亡くなった。ガンだっといわれている。金正日が七歳の時であった。
その後、金日成は金聖愛と再婚した。二人の間に金平一が生まれている。金日成がどちらの子を愛し、どちらを後継者にするつもりでいたか、それは謎である。金平一は生粋の軍人で若手の軍幹部には人気があった。
しかしパルチザン運動で結ばれた同志愛は、金正淑の死後、その子の金正日の擁立に向けられたのは確かである。趙明録、白鶴林らパルチザン世代は、金正日の擁立に努力し、軍をまとめた。
1974年に金聖愛の実弟・金聖甲が使い込み事件で摘発されている。この摘発の裏には趙明録、白鶴林らがいたという。ポスト金日成をめぐる権力闘争は、金日成の生存中からあったことになる。
金正日総書記の独裁という裏には、趙明録という後ろ盾を無視することが出来ない。表面にでることを嫌い、地味な存在だが、2000年冬には金正日総書記の特使として訪米、米朝和解に努力している。
趙明録は、すでに86歳。金正日お気に入りの金永春国防委員会副委員長が趙明録に代わって第一副委員長に昇格する日が近いのではないか。政権樹立60周年の記念行事のひな檀では趙明録の隣に立っていたが、軍服姿ではなく人民服だったのが目をひいた。
金正日が再起不能だとしても趙明録、金永春は金正日が健在であるとして、政権の維持に努める気がする。場合によっては金正日・影武者を使うこともあるかもしれない。
<金委員長は9日、政権樹立60周年の記念行事に出席しなかった。最高司令官の出席を前提に、北朝鮮が数カ月間にわたって準備してきた行事に金委員長が出席しなかったのは極めて異例のことだ。
情報機関の関係者は「金委員長が自身の健在をアピールするため、意図的に長期間公開的な活動を中止する場合もあった」と述べた。実際に金委員長は死亡説などが浮上すると急きょ公開活動を再開し、健在を示す場合が少なくない。
今回の場合も金委員長の健康をめぐり▽極秘裏に中国人医療チームが平壌(ピョンヤン)入りした▽執務中に突然倒れた--などといった説が飛び交っていた。金委員長がすでに数カ月前に死亡し、影武者がしばらくの間、公開活動に臨むだろうという見方まで出ていた。
韓国情報当局もこうした情報を入手、綿密に動向を観察してきたという。情報関係者は「1、2日ほどさらに追跡してみれば、金委員長の健康悪化の具合と現在の状態に対するより正確な輪郭が表れるだろう」と話している。(中央日報)>
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