首相公邸にお化け(幽霊)がでる、というひと口話、永田町で知らない者はいない。つまり旧聞に属する。森喜朗元首相が先月21日朝、首相官邸に鳩山由紀夫首相を訪ね、30分ほど懇談した。その席で、森は、
「天皇陛下のご即位20年記念の11月12日を臨時の<国民の祝日>にしてもらいたい」
と申し入れたついでに、このお化け話を持ち出した。2・26事件(1936年)などで官邸が襲撃され、軍事テロによる犠牲者が出たことにも触れたという。
2・26では、官邸で寝ていた岡田啓介首相は偶然一命を取り留めたが、岡田の義弟の松尾伝蔵大佐が射殺された。32年の5・15事件では、犬養毅首相が射殺されている。
幾度か血が流れたことと、公邸の住人の感想が結びついてお化け話は成り立っているのだ。たとえば、羽田孜元首相の綏子(やすこ)夫人は、
<公邸では薄気味の悪さを感じました。2・26事件などで多くの血が流された現場ですので、心理的に「怖い」と感じてしまうのでしょう。下見をした時から、悪寒が走るというか、胸を圧せられるような異様な雰囲気を感じました。
公邸にただならぬ「何か」を感じたのは私だけではなかったらしく、……>と著書「首相公邸--ハタキたたいて64日」(東京新聞出版局・96年刊)に書いている。綏子夫人は霊能力者にも見てもらったが、
「お庭に軍服を着た人がたくさんいる」
と告げられたという。このたぐいのうわさ話がいくつもある。首相官邸(公邸を含む)が完成したのが1929(昭和4)年だから、老朽化も激しかった。
ところで、森の訪問から1週間後、鳩山夫妻は東京・田園調布の私邸から首相公邸に引っ越した。羽田のころの公邸でなく、以前の官邸を改築した新装だから、薄気味悪さはない。
にもかかわらず、森はなぜお化け話などしたのか。思いつきの雑談かもしれないが、そうでないようにも思われて、興味深い。
鳩山は森に教えられなくても、先刻承知している。
<なぜ、たわいない話を改めて……>と不審に思ったに違いない。
戦前、公邸に住んだ首相は、新築間もない昭和初期の田中義一、浜口雄幸、若槻礼次郎、犬養毅、斎藤実、岡田啓介の6人だけだ。2・26事件のあと岡田を継いだ広田弘毅以後は血ぬられた館を敬遠した。
不吉な歴史の呪縛に挑むかのように、戦後初めて公邸に居を定めたのは佐藤栄作、後半の4年間である。最長は4年11カ月の中曽根康弘だった。
佐藤が転居の時、私邸(世田谷区代沢)近くの商店のおかみさんが、マユをひそめ、
「あそこ(公邸)へいらっしゃると、白い箱(棺)に入ってお帰りになるんじゃありませんか」
と寛子夫人に話しかけたエピソードも残っている。佐藤は転居の前、2・26事件の三十三回忌に築地本願寺の僧侶を公邸に招き、法要をしたという。
「主人は縁起直しをしたと思います。公邸住まいが長期政権を生むことは中曽根さんの例をみてもわかる」とも寛子は語っている。
しかし、短命首相もいた。公邸を使っても、就任後しばらくは私邸から通ったり、週末だけ私邸に戻ったり、いろいろだ。その点、鳩山は就任40日ほどで早々に引っ越した。
気配りの森は、その潔さを褒めようとしたのかもしれない。(敬称略)
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4327 なぜ、いま「お化けの話」 岩見隆夫
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