欧米人は孔孟の教えよりも韓非子の方が理解し安いという。人間は生まれつき”根性悪る”とみなして、それを厳しく律する思想の方が受け入れやすい。飛躍するようだが、小沢一郎という政治家は、韓非子型ではないか。
韓非子に「巧詐不如拙誠」(巧詐は拙誠に如かず)という言葉がある。私流の独断と偏見の解釈を下せば、ペラペラと「思い」を連発し、「私が最後に決めます」と大見得を切りながら、模様見と決断の先延ばしをするのは、口舌の徒の”詐術”に過ぎない。
喋ることは最高に下手くそで、ものを言えば衆人から叩かれる男だが、やっていることは我流の”拙誠”を強引に変えようとしない。結局は「ペラペラ男」が「豪腕男」に負ける。
民主主義のご時世だからペラペラ男の方が受けがいい。世間というのはそういうものである。だが”詐術”が鼻につくようになれば見捨てられる。口舌の徒だから「私を信じて!」と臆面もなく言うが、何も実行しないから相手を怒らせる。
「巧詐不如拙誠」は、もう少し意味が深いのだが、当世流の勝手な解釈を下せば、私が言うようなものになる。言いたいのは相手から”巧詐”と見なされてしまうと、どんなに良いことをしても詐術としか映らないことである。一度、信用を失うと回復するのは困難である。
遠回しな言い方になったが、急落した鳩山内閣の支持率が発足時の70%台に戻るのは不可能であろう。衆人の心に刻み込まれた”巧詐”の印象はそう簡単に消えるものではない。鳩山首相は決して”根性悪る”ではないお人好しなのだが、思いつきでペラペラ喋り過ぎた。そのツケは自分が支払わなくはならない。
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4657 巧詐は拙誠に如かず 古沢襄
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