「土佐人」から「日本人」への視野の広がりは、勝海舟とのかかわりあいのなかで実現したのである。「龍馬とその時代」大石学 NHKカルチャーラジオ「歴史再発見」
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/ch02/index.html
(前回よりの続き)明治六年(二十歳)の末ごろであったと思う。勝海舟先生の屋敷が、まだ赤坂氷川町にあった時分、モーレ一博士が一度勝先生に挨拶に行きたいから、向うの都合を聞合せて貰いたいということで、打合せの結果、ある日訪問することとなった。(中略)
それからまた勝先生とモーレ一博士との問答となった。モーレ一博士が数学の先生であるところから勝先生は「ちょうど好い機会だからかねて自分で解き兼ねている問題を二、三お尋ねしたい」といって、質問をされたが、何しろ、高等数学のことであるから、その当時の私には一切通弁が出来ない。
それで、私は「私にはむつかしくてそういうことは通弁が出来ません」というと、勝先生は召使に紙と硯を持って来さして、オランダ語か何かで紙の上に図を引張り、手まねで聞かれる。
モーレ一博士もまたそれに対して、紙の上で答えられる。私はなんにも解らぬからただ見ているばかりだ。私はこれまでの内に通訳でこのくらい困ったことはまたとなかった。
しばらくして辞した。途中馬車の内で「私はどうも解らずに今日は本当に困りました」というと、モーレーさんが「あの問題を出すとは、実に偉い人だ」という。
勝さんの質問をモーレーさんが解いたかどうか、私には分らないが、モーレーさんは、ただただ勝さんは偉い偉いと讃嘆するのみであった。(高橋是清自伝 p144~147 中公文庫)
・「国民自重の心」小泉信三
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5785 【勝海舟を訪ねるー続】 (明治維新の原動力 2) MoMotarou
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