今朝、管内閣が、日韓併合の反省とおわびの首相談話を閣議決定した。これに関しては、日韓関係の歴史と真実に照らし「不可」である旨、既に言い続けてきた。思えば、平成7年、村山富市内閣時代の「戦後50年謝罪決議問題」以来、「不可」であると言い続けてきたことになる。
偶々国家の内閣を握る地位にあることを奇貨として、正々堂々たる議論を避けて、あたかも夜陰に乗じるかのようにその場の歓心をかうために総理大臣として祖国を断罪し、「謝罪とおわび」をしてその場をやり過ごす。
そして、決して以後生じてくる事態に対しては責任を取ろうとしないどころか、責任を感じもしない。これが国家に付け入って夜陰に乗じる者の本性であり、そのやり口は平成7年と22年、まさによく似ている。
それにしても、戦後50年の時には村山富市、日韓併合100年の時には菅。何故かくも50年と100年という節目に限って、最悪の輩が総理になっているのであろうか。
そして、もう一つの巡り合わせがある。阪神淡路大震災が村山富市の時、口蹄疫病の大規模蔓延が菅。これも最悪の組み合わせだ。
この口蹄疫病はもっけの幸いと参議院選挙で塗りつぶして宮崎一県のこととして蓋をすることに成功したが、かえって天は他に思いもよらない激しい天変地異を用意しているかもしれない。油断大敵である。
要するに、天は、我が国政治に「戦後体制からの脱却」を促しているのだ。戦後体制を続け放置している限り、同じことを繰り返すどころか、ますます悪くなる。このことを、この度の事態は我々に見せつけている。
天に感謝し、天に誇りある祖国の回復を誓おう。
次に、全閣僚が8月15日に靖国神社に参拝しないと管内閣が決めたという。大歓迎である。このような談話を発する菅と閣僚が靖国神社に参拝すれば、神前が汚れる。英霊に申し訳ない。
以前、中曽根総理が、靖国神社に警護のSPを伴い昇殿をし、昇殿して参拝をしなかった。ということは、二礼二拍手一礼をしなかった。
時の靖国神社の松平宮司は、激怒された。「ここは、五体四裂して散華された英霊がおられるところだ。こともあろうにその社に、御身かわいさにSPに守られて昇殿するとは何事か」と。
靖国神社とは、日本の誇りであり凛とした厳しさを湛えた社である。祖国のために、東亜のために、命を捧げた英霊のまつられる社である。英霊は、祖国の歴史を辱め断罪して謝罪せしめることを決して許されない。
よって、菅総理と閣僚が靖国神社に参拝しない、いや参拝できないので安堵した。貴公ら貴様ら、靖国神社どころか、伊勢神宮にも明治神宮にも参拝してはならない。汚れる。
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6050 禍根、菅根、宦官 西村眞悟
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