三陸沿岸の漁業基地の復興はいつになるだろうか。漁師は家は粗末でもいい、漁船にカネをかけると聞いたことがある。津波をもたらした海だが、その海こそが生活の糧を得るすべてなのだから、岩手県人は果敢に再建に挑むだろう。
盛岡の県庁近くにある地下の店によく行った。副知事だった高橋洋介さんに教えて貰った飲み屋なのだが、三陸沿岸の近海ものの魚が美味しい。あの魚が食べられるのは、そう遠いことではないと確信している。
岩手というと日本のチベット、山国のように思われてしまうが、三陸沿岸の幸に恵まれた海の国でもある。だから日本海軍の将星たちを多くだした。米内光政、山屋他人、斉藤実など五人の海軍大将を生んで、トップの薩摩海軍に次ぐ岩手海軍といわれた。
池田内閣の頃、官房長官だった鈴木善幸さんのところによく夜回りしたが、魚の干物やアワビの刺身、スルメや塩辛をつまみながらウイスキーの水割を飲んだ記憶が甦る。コップに氷を入れてカラカラと音を立てながら飲むので、誰かが「カラカラ亭」と名前をつけた。
その善幸さんは三陸沿岸の票をバックに連続当選。津波で大きな被害を受けた山田町の出身で、アワビ、スルメ漁、水産加工業を営む網元の家に生まれた。裏方で力を発揮する調整型の政治家といわれていたのが、大平首相の急死で総理大臣になった。
海外での知名度不足からアメリカのメディアに「ゼンコー フー?(Zenko who?)」と言われてしまった。漁業には滅法詳しかったが、外交については不慣れ、スローガンにした「和の政治」も党内タカ派から揺さぶられて、マスコミからは直角内閣、暗愚の宰相と有り難くないニックネームまで貰った。
しかし三陸沿岸での善幸人気は衰えることを知らなかった。三陸沿岸の漁業基地の近海漁業は漁師だけのものではない。水揚げ市場、小さな魚のお店、早い話がガソリン・スタンドまで沿岸漁業のお陰で生きているから裾野の広い産業である。
このあたりは福島原発の放射性物質対策で苦闘している福島県とは事情が違う。岩手県の復興は軌道に乗れば早いと思っている。それには被災地住民の気持ちをよく聞くことだ。国やお役所の復興計画を押しつけても、本当に意味での復興にはならない。
杜父魚文庫
7710 三陸沿岸の幸に恵まれた海の国 古沢襄
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コメント
誰のためになにをするのかーーが抜けた政策が気になる。
古沢さんの仰るとうりです。