14184 ベトナム建国の英雄 ザップ将軍が死去   古澤襄

NHKは未明に北ベトナム軍を率いたボー・グエン・ザップ将軍の死去を伝えている。共同通信社のシステム担当役員時代に北ベトナム通信社の技術者5人を研修で受け入れたことがある。
キャップだったのは東ドイツのベルリン大学を卒業した若い男。虎ノ門近くの安いアパートを借りて宿にしたのだが、夕方になるとくさい魚を焼くと苦情がきた。聞いてみると北ベトナムから持ち込んだ”くさや”に使うような汁をつけて魚を焼いていた。
”くさや”は母の大好物だったので、北ベトナムの”くさや”を食べてみたら意外とおいしい。だが猛烈な臭いがするので都会に住む人たちから苦情がでるのも分かる。”くさや”だって好き嫌いがある。
使っていたのはヌックマムという魚醤(ぎょしょう)。秋田のしょっつる(塩汁)に似た味である。
それが縁でベルリン大学を卒業した技術者と話をする様になった。ベトナム人は骨が細いのか痩せ型だが、不屈の精神を持っている。フランス軍が難攻不落と誇ったディエンビエンフーの要塞をゲリラ戦で陥落させ、ベトナム戦争ではアメリカ軍を撤退に追い込んだ。北から侵攻してきた中共軍をも敗退させている。
これらの戦闘を指揮したのが、ボー・グエン・ザップ将軍。やはり現代の英雄といっていい。
ベトナム戦争中、北ベトナム軍を率いてアメリカ軍を撤退に追い込み、「建国の英雄」として国民の尊敬を集めていたボー・グエン・ザップ将軍が、4日、首都ハノイの病院で亡くなりました。102歳でした。
ベトナム政府によりますと、ボー・グエン・ザップ将軍は、入院していた首都ハノイの病院で、4日、亡くなりました。
ザップ将軍は、1954年、ベトナム北西部のディエンビエンフーにあった難攻不落と言われたフランス軍の要塞をゲリラ戦で攻略し、フランスによる植民地統治を終わらせ「赤いナポレオン」の異名をとりました。
続くベトナム戦争でも、北ベトナム軍の総司令官として、再びゲリラ戦を展開してアメリカ軍を撤退に追い込み、北ベトナムを勝利に導きました。
ベトナム戦争後も国防相や副首相を務め、アメリカのマクナマラ元国防長官と、ベトナム戦争激化のきっかけの一つとなったトンキン湾事件の真相について語り合い、話題を呼びました。
「建国の父」故ホー・チ・ミン国家主席を軍事面で支えたザップ将軍は「建国の英雄」として、生涯「将軍」と呼ばれ、国民からの尊敬を集めていました。(NHK)>
  
杜父魚文庫

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