栃木三区でミッチーの息子が自民党とデッドヒートを演じている。その渡辺喜美の叔父・幸雄とは大学時代から下宿屋で起居をともにした仲。三歳年下の幸雄が黒磯の山の中から上京してきたのが昭和26、7年頃だったろうか。もう60年以上も昔の話になる。
ミッチーは従弟の幸雄に栃木選挙区から参院に出るように勧めた。それで相談をされたが、「オレは政治家には向いていない。それよりも息子の喜美を後継者として育てる方が先決だ」と言う。「喜美のためなら地方財界人として応援するつもりでいる」と打ち明けられた。

幸雄は心優しき男。オレガ!オレガの世の中で、いつも人を応援する一歩身を引いたことを身上としていた。私の父と母の文学碑を建てることを聞いて、ポンと200万円を寄付してくれている。母のことはよく知っていて、文学碑の除幕式の時には文学碑にはめ込まれた母の写真(土門拳撮影)の前で「よかったな!おばさん}とサメザメと泣いてくれた。
それがガンに冒され、まもなく亡くなった。幸雄がこの世を去ってもう10年になる。渡辺一族は結束が固い。幸雄もあの世で喜美のことを心配しているのだろう。渡辺一族とは親戚付き合いをしてきたので、できれば栃木三区に行って喜美を激励したいところだが、病床にある身だから思うにまかせない。
杜父魚文庫
17900 喜美の叔父・幸雄が亡くなって十年 古澤襄
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