インターネットの2CHが、富田朝彦宮内庁長官(故人)が残した靖国参拝中止に関する昭和天皇の発言をめぐって、真贋論争を繰り広げている。一方、新聞・テレビは押し黙ったまま。
「マスコミは怪しからん!」という向きもあるが、各社とも黙殺しているわけでない。日経のスクープは今年度の新聞協会賞ものだから、各社とも真贋を含めて、このスクープの背景を追っている。
スクープの背後には、圧倒的に優位となった安倍官房長官を狙い撃ちした政治的陰謀説も浮上している。まだ風評の域をでないが、これもマスコミは夜討ち朝駆けで政治部や社会部が追っている。
2CHの真贋論争は匿名の投書なので、直感で発言する傾向がある。いわゆるネットウヨ(右寄り)とネットサヨ(左寄り)のチャンバラ劇を呈しているが、これ自体は健康な動きとみていい。戦前なら右翼の暴力的な行動が頻発していたからである。
スクープとなった日経も第二、第三の記事を書いて、贋作批判に応える必要がある。それをしなければ、贋作批判から逃げ回ることになる。新聞協会賞はおろか日経の信用を落として、部数を減らす瀬戸際にあると覚るべきだ。
ニュースを抜かれた側の各社は、贋作の疑いを追う姿勢が基本となる。贋作でないと判れば、スクープの背後に政治家が関与したか、否かを追う必要がある。これは憶測で書けるものではない。
これだけ世間を騒がしているのだから、富田家もマスコミ取材から逃げるわけにはいかない。富田メモや日記を日経に提供したいきさつ、根拠を明らかにして、いろいろな疑念を払拭する努力が必要だと思う。
昭和天皇がA級戦犯の靖国合祀に疑問を持っていたことは、戦後史の各種資料でほぼ解明されている。だが、戦犯として処刑された東条英機元首相らを憎んでいたのではない。自らの戦争責任について率直にマッカーサーに述べている。とくに東条元首相に対する信頼の度は厚かった。それは処刑後の東条家に対する昭和天皇の態度でも明らかにされている。
戦前の日本の軍隊は”皇軍”といった。天皇の軍隊だったのである。その名のもとに多くの兵士が、祖国を遠く離れた地で屍をさらしている。靖国神社は、その兵士たちが魂魄となって戻るところであった。
A級戦犯は連合国が裁いた軍事裁判で罪を問われ、戦争責任を背負って絞首台に登っている。一般の兵士の遺族の心情を思う時に、戦争指導者だったA級戦犯を靖国合祀するのは、国民感情が許さない・・・昭和天皇の思いは、そこにあった。
平和国家として再生した戦後日本にあって、昭和天皇は自らの戦争責任と股肱の臣だったA級戦犯に対する思いは終世変わらなかったと思う。二度と戦争はしないという戦後の誓いは、苦渋の中から生まれている。
A級戦犯の靖国合祀が政争の具となり、政治利用されたら、昭和天皇の意に反するだけでなく、戦後、民主化された日本国民から手厳しい反発を受けるであろう。
父親が靖国神社に祀られて屍がシベリアに眠る痛恨の地を、私は二度にわたって訪れ、シベリア各地に残された犠牲者の日本人墓地を巡拝してきたが、遺族ならずとも異境に眠る日本人の墓を詣でて、平和の誓いを新たにして欲しいと願っている。それが右翼思想といわれるなら甘受する。(2006・7・25)
71 ネットウヨとネットサヨ 古沢襄
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