渡辺ミッチーの実兄・嚆夫さんは、そろそろ九十歳。昨年お会いしたが、多少、耳が遠くなったものの、憂国の至情はいささかも衰えていない。ミッチーが総理・総裁の座を目指して政治の階段を駆け上った時に、六歳年下の弟のために”黒子役”に徹している。なかなか出来る技ではない。

その嚆夫さんから「人生讃歌」という一枚の紙を頂戴した。だいぶ以前のことになる。これを筆写して額にいれて飾ろうと思ったが、私が古希はおろか還暦まで生きるとは考えていなかったので、そのままにしてあった。わが家系は祖父が三十二歳、父が三十九歳で亡くなっている。
どういうわけか短命の家系なのに、私は二年後には喜寿を迎える。一昨年は胃潰瘍、腎臓病、高血圧症を患い、昨年は軽度の脳血栓症。いよいよ年貢の納め時がきたと覚悟したが、なかなかお迎えがこない。むしろ体調はすこぶる快適である。
卒寿を迎える嚆夫さんの年賀状には「伝統ある日本精神の覚醒により、独立自衛・共存共栄・礼節秩序の社会をつくり世界の民族より愛され、尊敬、感謝される国民の育成と天恵の美の保全を実践することを願い、併せて貴家のご繁栄をお祈り申し上げます」とある。九十歳になろうかという人の元気さの源泉は何であろうか。
そこでしまってあった「人生讃歌」を出して読んでみた。それぞれに一句がついているのが楽しい。米寿の「それでもお米が食べ足りない」には笑ってしまった。茶壽の「もっともっとお茶を飲んでから」まで生きる人が、どれだけいるのだろうか。
「人生讃歌」
還暦(六十歳)=やっと人並み これからが出発点
古希(七十歳)=元気だ 若者に負けない心意気
喜寿(七十七歳)=少しは 人生にも慣れてきた
傘壽(八十歳)=まだまだ 世の役に立ちたいもの
半壽(八十一歳)=これで人生 ようやく半分
米寿(八十八歳)=それでも お米が食べ足りない
卒寿(九十歳)=人生には 卒業はない筈だ
白寿(九十九歳)=せめて 百歳になってから
百壽(百歳)=ひとつの節だが まだまだ未熟
茶壽(百八歳)=もっともっと お茶を飲んでから
皇寿(百十一歳)=そろそろ ゆずろう日本一
昔寿(百二十歳)=心づもりは できたけど
天寿(百六十二歳)=これで人生 全うです
日本は男女ともに世界一の長寿国になったのだが、世界で一番長生きした人は誰だろうか。「享年百五十二歳」という記録が残っている。イギリス人のトーマス・パーの墓碑がウエストミンスター寺院にあるそうだが、一四八三年生まれ、一六三五年十一月十五日に死去と碑文に書かれている。
あまり品行が良くなかったらしく百二歳で出獄し、百五歳で結婚して子をもうけたともいう。長生きの秘訣は酒!酒!。そのせいかウイスキー会社がトーマス・パーに目をつけて、オールド・パー(パー爺さん)のラベルの肖像となった。もっとも一四八三年生まれは眉唾もの。オールド・パー販売戦略に乗った作り話ではないか。
公式には一九九七年に亡くなったフランスのジャンヌ・カルマンの百二十二歳が世界最高齢の記録だという。それに続くのが一九八六年に亡くなった日本の泉重千代氏の百二十歳。この男性世界最高齢記録はまだ破られていない。三位はアメリカのサラ・クナウスの百十九歳(一九九九年没)。昔寿の「心づもりはできたけど」は、それなりの意味がある。
現在の長寿・世界番付をみると①百十五歳・プエルトリコ男性②百十五歳・カナダ女性③百十三歳・アメリカ女性④百十三歳・日本女性⑤百十三歳・アメリカ男性となっている。喜寿の前で足踏みしている私にとっては、気が遠くなる世界の話になるが、嚆夫さんの「人生讃歌」を読んでみて、老人臭くならずに少し気合いを入れるか!と思った。百六十二歳の天寿など誰も信じる者はいないが、「人生讃歌」は老人を元気付ける歌だと思えば良い。
359 老人を元気付ける「人生讃歌」 古沢襄
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