2082 地震の巣の上に住んで十六年 古沢襄

関東とくに南関東の地震観測は強化されている。その結果、関東の地下で起こっている地震発生の様相がかなり明確になってきた。防災科学技術研究所が設置した岩槻・下総・府中の深井戸地震観測によって関東の震源決定、その深さの精度が高まった。
関東地方は日本列島を乗せたユーラシア・プレートの下に相模トラフからフィリッピン海プレートが沈み込み、その下に、さらに太平洋側から太平洋プレートが沈み込む複雑な構造となっている。
萩原尊禮さんは1923年や1703年に起こった関東地震は、沈み込むフィリッピン海プレートと日本列島を乗せたユーラシア・プレートの接触面で起こったインター・プレート地震と解釈している。すべりを生じた接触面は相模湾方面であって、東京の直下地震とはいえないとした。
1923年関東地震は大正十二年の関東大震災、1703年関東地震は元禄十六年の江戸地震のことである。いずれも震源が深く、地震の影響は広範囲に及んでいる。
私が住む茨城県南西部の地下五〇キロメートルには地震の巣があるといわれてきた。また千葉県中部にも地下七〇キロメートルあたりに地震の巣がある。萩原さんによれば、これは相模湾方面から沈み込んできたフィリッピン海プレートが、この深さのところで、ユーラシア・プレートあるいは太平洋プレートと接触しているという。この二つはいずれもインター・プレート地震。
道理でこの十六年間、東京や横浜時代よりも地震が多いと感じていた。
断層が動く現象を断層運動(faulting)と呼び、地震の主原因であると考えられている。関東は日本でも有数の地震多発地帯だが、意外と活断層が少ない。活断層の活動の再来周期は一千年程度といわれている。主な活断層は伊勢原断層、立川断層など十二カ所。
古代の元慶二年(878)に武蔵・相模で大地震が起こった歴史記録があるが、これまでは伊勢原断層と立川断層が地震を起こした候補であった。この二つの断層のボーリングやトレンチ調査をした結果、元慶二年地震の原因は伊勢原断層と分かった。しかも、その前の活動時期は今から六五〇〇年前より古い。
立川断層の活動は今から一五〇〇年前程度で、再来周期は五〇〇〇年程度と分かった。立川断層は東京に近いために、その活動が懸念されたが、その切迫性が薄れた。二〇年ほど前のことだが、東京直下地震が近いといわれて、役所や各企業が対策に追われた時期がある。
一番、重要視されたのはコンピューターの記録ファイルの安全性であった。コピー・ファイルを秩父の仮倉庫に保存する企業も出たが、立川断層が安全ということで立川周辺の用地買収の噂もあった。
立川断層と並ぶ荒川断層や綾瀬川断層も東京に近いので詳しい調査が必要であろう。
過去のデータをみているとM7クラスの慶安江戸地震、安政江戸地震、明治地震の前の短期間に地震が続発していて、その活動が終わるとしばらく穏やかになる。また元禄江戸地震や関東大震災のような巨大地震の前の数十年間は地震活動が高く、その後の数十年間は静穏化する傾向がある。このサイクルからすれば、頻発する東北地震が関東に南下するのは時間の問題ではないか。用心するに越したことはない。
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