10319 秋田訛りは大切な文化   古沢襄

畏友・渡部亮次郎さんの「訛は抜けないなぁ」が意外と人気がある。二十一日の杜父魚ブログで上位九位、二十二日になっても十二位につけている。
秋田生まれの亮次郎さんだから、郷土の読者が多いのだろうと見当をつけてみたが、グーグル検索では仙台1060、岩手638、山形420、青森369で、秋田の読者は278と少ない。
となると、訛(なまり)を気にする人が意外に多いことになる。
話はがらりと変わるが、私の英語はキングス・イングリッシュだと秘かに自負していた。ロンドンに出張して、いよいよキングス・イングリッシュが使えると張り切った。
使い始めは五つ星ホテルのフロントでドルをポンドに両替する時だった。胸を張ってキングス・イングリッシュで両替を頼んだのだが、フロント・マンが鴨の総立ちのような騒ぎとなった。
折りよくロンドン支局長が来たので「様子がおかしい」といったら「局長は一億ドルの両替を頼んでしまったのですよ」。これには、さすがに参ったので、イギリス滞在中は英語を使わないようにした。
その夜、ホテルのバアでロンドン支局長と飲んだのだが、しよげかえる私に「ロンドンではコックニー英語(Cockney speech)と呼ばれる下町言葉を使うので、キングス・イングリッシュは通用しませんよ」と慰められた。
失敗はキングス・イングリッシュのせいではない。両替のケタ数を不用意に間違えたのだから、慰められるとよけいに落ち込んで、ウイスキーをダブルであおって、正体をうしなうまで酔った。
翌日、ロイター通信社の幹部を招待して、シャブシャブ料理の宴席を持ったのだが、相手が使うロンドン英語がさっぱり分からない。ロンドン支局長の通訳で、イエスとかノウと言うだけである。情けないの一言に尽きる。
翌年、ワシントンとニューヨークでAP通信社の副社長やUP通信社の編集局長と懇親の会合を持ったが、ロンドンでの失敗があるので、英語は使わなかった。もともとアメリカ英語は好きでない。キングス・イングリッシュに較べれば、”ど田舎”の百姓英語だという偏見がある。
私の英語が通用したのは、二度にわたったロシア旅行。”露助”相手のキングス・イングリッシュだったが、通訳についてくれたイルクーツク大学の女子学生が「団長の英語は素晴らしい」と日本語で褒めてくれた。女子学生の英語もたどたどしかったから、ロシアがいっぺんに好きになった。
キングス・イングリッシュはイギリスの上流階級が使ったものだという。いまではBBC放送が使っているだけだと教えて貰った。
東京で生まれ、東京で育った私は、標準語の世界で生きてきたつもりになっていたが、亮次郎さんがいうように、下町に伝わる江戸言葉は標準語ではない。明治維新で山の手に豪邸を構えた薩長の顕官たちは、お国言葉を使ったのだろうが、その子弟は標準語化されている。
戦後は、東京の大学を出ただけで、東京人を気取る人種が大東京を占拠している。お国訛りをできるだけ隠そうとするのは、笑止千万と意地悪爺さんはすねてみせる。秋田訛りは大切な文化だと思っている。
杜父魚文庫

コメント

タイトルとURLをコピーしました