トウ小平の孫が江西チワン自治区の山奥の副県長に。井岡山の烈士記念館に勢揃いは陳毅の息子と朱徳、毛沢東の孫たち・・・。
華字紙が一斉に伝えた。トウ小平の孫のトウ卓隷が華南の江西チワン自治区平果県の副県長の就任あそばされたとか。この孫は28歳。米国籍。公式報道は「おとなしくて聡明、そして謙虚」だという。しかし「米国籍」がなぜ問題にならないのか、不思議である。
トウ小平には二男三女がいる。
長男の僕方は、文革中にリンチに遭って身体障害者。次男のトウ質方の一人息子がトウ卓隷。かれはニューヨーク生まれ、米国デューク大学法学部卒といわれます。帰国後、北京大学に入り直し法律の専門家となった由。
なぜ米国生まれかというと、1983年にトウ質方が妻の劉小元を伴って米国ロチェスター大学へ留学し、翌1984年に米国の産院で卓隷を産んでいるからだ。邪推すれば当初から米国籍取得を狙っての米国滞在だったのかもしれない。
トウ質方は帰国後、CITIC(中国国際信託公司)の幹部。その後、大手の四方集団に移籍し、「上海四方集団」のCEOとして実業界に活躍した。この文脈から香港財閥第一位の李嘉誠と親しい。香港の不動産投機の世界でもよく名前を見かける。
トウ小平の孫にあたる卓隷は米国の大学ではディビッド・チュー(DAVID ZHUO)と名乗った(博訊新聞網、5月3日付け)。
この嫡孫が副県長として赴任した平果県は省都の南寧から北西へ100キロあまり、やっぱり皇帝様の息子でもド田舎の幹部から出発という手続きを踏むわけだ。
▼いまさら井岡山の革命精神に学ぶ、って如何なる目的か?
他方、黄金週間には多彩なイベントが中国のそこら中で開催されたが、注目は井岡山でおこなわれた「井岡山会帥85周年研究討論会」である。85年前にここで集合したのは毛沢東、朱徳、陳毅らだった。
五月初旬、この井岡山に現れたのは陳毅の子、陳晃蘇。毛沢東の外孫、孔継亭(賀子珍との外孫。同じく賀子珍との子、毛岸青の子が毛新宇=陸軍少将、政商協委員)、そして朱徳の外孫にあたる劉建らである。
なかでも陳毅の子、陳晃蘇(71歳)は「対外友好協会」の元会長を務め、対日問題にも明るいとされる。
陳は斯う演説した。「中国の外交は理性的である。強いときは強く出る。各国と均質な外交をすすめ、平和に貢献するのだ。日本には現在右翼が騒いでいるが、中国は日本の人民が中日友好を再度発展させるように工作すべきである。なぜなら日中関係は復交以来40年もの歴史があり、日本にはインテリも多いからだ」
多少とも言いがかり的な、しかも自己中心的アナクロ発言だが、元対外友好協会会長様の発言ゆえに中華媒体のマスコミも大きく取り上げた。日本のマスコミは、どこも、この動静を伝えていない。
5月4日、習近平は青年節のイベントに出席し、「中国の夢」をまた語ったが、注目すべき言辞を伴った。
「『個人の夢』より『中国の夢』、つまり『国家の夢』を優先する。なぜなら『個人の夢』は『国家の夢』が実現してのちに叶うものだからだ」と。
習近平は「中国の夢は政治理念である」と付け加えたが、これらは宋代の詩人、欧陽からの借用という。
同じ日、湖南省長沙では毛沢東思想万歳を叫ぶ左派グループの抗議集会が開催され、赤旗が林立した。共産党幹部からの論評は聞かれなかった。
一日の暴動件数が500件、一日160人が交通事故で死に、一日平均で800名が自殺する国で「中国の夢」なるものは砂塵の楼閣だろう。(註 トウ卓隷の「隷」は木偏。陳晃蘇の「晃」は「日」の下が「夭」)
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12551 米国籍のトウ小平の孫が副県長に 宮崎正弘
宮崎正弘
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