2008-08

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2179 来なかった北朝鮮の美女応援団 古沢襄

韓国の朝鮮日報は「なぜ北京に”美女応援団”は来なかったのか」という面白い記事を書いている。北朝鮮の金正日総書記のお得意技は美女応援団というピンク攻勢。韓国の釜山アジア大会に270人の美女応援団が送り込まれた時は、韓国青年のパパラッチ騒ぎが起...
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2178 グルジア介入でロシア経済に影響 古沢襄

ロシア経済について二つのデータがある。一つは毎日新聞の大木俊治モスクワ特派員が伝えてきた南オセチアの衝突で「ロシア経済、動揺 70億ドル流出、株価も低迷」の情報。ロシア経済が事実上破綻(はたん)した98年8月の「ルーブル危機」からちょうど1...
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2177 民主に追い風、自民に向かい風 古沢襄

北京五輪が終わって日本は国内政局の一色になる。とはいうものの解散・総選挙の時期は視界ゼロ、与野党とも様々な観測が入り乱れて当事者たちは落ち着かない日々が続く。気の早い向きは臨時国会の冒頭に解散、十月総選挙で小沢民主党の圧勝と占う。しかし当面...
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2176 政治家の内懐と外面 渡部亮次郎

先輩の政治記者古澤 襄(のぼる 元共同通信社常務理事)さんが2008年8月23日、自らのブログに書いておられる。政治記者は永遠のアウトサイダーと。<昭和30年代に岸内閣が出来た頃、”岸派の三羽烏”といわれた派閥記者がいた。毎日新聞の安倍晋太...
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2175 森永砒素ミルク事件 渡部亮次郎

手許にある『366日の話題事典』によると森永砒素(ひそ)ミルク中毒事件は、1955(昭和30)年の8月24日から表面化したとなっているが事実は6月頃から起きてていた。被害者12,344人、うち死亡者130名と言われているこの事件は主に西日本...
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2174 政治記者は永遠のアウトサイダー 古沢襄

政治記者というのは厄介な職業である。「皆で渡れば怖くない」調で同業他社とツルんで応接間取材する分には”特オチ”はないが、”特ダネ”は掴めない。抜け駆け功名を立てるために一対一の単独取材が必要になる。他社が応接間でたむろしている時に秘かに台所...
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2173 北朝鮮との核交渉は中断か 古沢襄

韓国の朝鮮日報はワシントンからユニークな記事を送ってくる。米国務省筋に特殊な情報ルートを持っていると思われる。今回も「核問題:米大統領選の影響で足踏み状態」という視点で特集を書いた。さらには六カ国協議の枠組みが、揺らぐ可能性もあると指摘した...
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2172 青森県に見る学徒動員史 渡部亮次郎

「花の蕾の若桜五尺の命引き下げて国の大事に殉ずるは我等学徒の面目ぞあゝ、紅い(くれない)の血は燃ゆる」昭和19年の軍国歌謡「あゝ紅いの血は燃ゆる」の歌詞に言う通り、大正未から昭和の初めに生を受けた戦中派世代の学校生活は、国家と共にあった。私...
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2171 政治を遊んだ大阪 渡部亮次郎

大阪出身の作家司馬遼太郎によると、徳川時代の二百数十年間、大阪詰めの江戸派遣武士は毎年多くても300人ぐらいであった。少なすぎて存在感が無かったし、今で言う徴税(税務署)員みたいなものだったから軽蔑されるだけだった。まして大阪人にしてみれば...
平井修一

2170 戸締まり用心、火の用心 平井修一

1904年(明治37年)2月に開戦し、18か月にわたって戦われた日露戦争は、ロシアにとっても衝撃であった。クリストファー・ヒル著「レーニンとロシア革命」(1947年刊)にはこう記されている。<1905年には、日露戦争が陸上でも海上でも相次い...