153 「マッカラム・メモ」と日本 古沢襄

ブッシュ米大統領の共和党政権から民主党に政権が移るとすれば、米国のアジア政策がクリントン政権時代のように”中国重視政策”にスイッチ・バックするのだろうか。共和党政権が続く可能性もあるのだから、今から心配しても始まらないというのが、大方のノー天気な日本人の感覚であろう。
出たとこ勝負が戦略的思考に欠ける日本人の感性だから、何となくうまく立ち回るかもしれない。もっというならブッシュが退場して、ヒラリー・クリントンでも登場すれば拍手喝采、ヨン様人気ならぬヒラリー人気で日本中が沸き立つのかもしれぬ。
最近、平井修一氏の「マッカラム・メモ」翻訳で、その全容を知ることができた。「マッカラム・メモ」・・・昭和十五年十月七日に米海軍諜報部のアーサー・H・マッカラム少佐が海軍提督のウォルター・アンダーソンと提督ダドリー・ノックスに提出した戦略メモのことである。
アンダーソンとノックスは、ルーズベルト米大統領が最も信頼を寄せた軍事顧問の一員。メモは機密扱いで私たちは知るよしもなかったが、平成六年に五十年ぶりに機密扱いが解除されている。あらためて読んでみるとルーズベルトは「マッカラム・メモ」のステップ通りに政略を展開し、挑発された日本は無謀な日米戦争に突入した歴史が明らかにされた。
このメモは読む人によって価値判断が違うのかもしれない。多くの日本人はルーズベルトが仕掛けた罠に、日本がはまり真珠湾奇襲攻撃をかけたということであろう。マスコミが取り上げるとしたら、この視点になる。オーソドックスなのだが”ルーズベルトの罠”は、これまでも言われてきた。その補強材料にはなるが、目新しいものではないともいえる。
私が注目したのは、同盟国である英国に対する分析と支援計画である。この戦略思想は民主党大統領であろうと共和党大統領であろうが英国支援で一貫している。米国は建国以来、自国の国益を最優先に考え、時にはモンロー主義の様に孤立政策も厭わなかった。
第一次世界大戦でも第二次世界大戦でも米国は最初から参戦していない。途中から参戦して、双方の交戦国が疲弊したのをよそにして戦後一人勝ちの繁栄を手中にしている。悪くいえば”火事場泥棒”的な戦略思想をとった。
私は、この戦略思想を①多民族国家からくるコンセサスの遅れ②英国に対してはアングロサクソンの連帯感・・・と理解していた。だが「マッカラム・メモ」は、優勢なナチス・ドイツやムッソリーニのイタリアに対し英国が戦争を継続し、英国海軍が大西洋を支配している限り、米国には影響は及ばない。米国にとって危険があるとすれば、大英帝国が早々と敗退し、その艦船が枢軸国に渡ることである・・・と言い切っている。
ヨーロッパが独伊枢軸国の支配下に置かれ、英国海軍の艦船がナチス・ドイツの手に渡れば、大西洋は米国にとって安全な海ではなくなる。それは米国の安全を危うくするから、米兵の犠牲を覚悟で参戦するという選択になる。アングロサクソンの連帯感などという甘い思考など微塵もない。
ひるがえって今日的にいうと、太平洋をはさむ日本と米国の同盟関係について、米国は「マッカラム・メモ」的な思考をとっているのではないか。すでに日本海軍(海上自衛隊)は、アジアで最強の艦艇を保有している。この艦艇が米国の仮想敵国に渡らないために、米兵の犠牲を覚悟のうえで日本防衛に当たるという脈絡になる。すべては米国の国益を守ることが優先している。
これは共和党大統領であろと民主党大統領であろうと変わるまい。日本と英国は超大国アメリカの戦略拠点になったというのが厳しい現実である。アジアでいうなら韓国は戦略拠点ではなくなっている。米ソ冷戦時代には朝鮮半島において共産主義の防波堤として韓国の存在意義があった。冷戦崩壊後は米兵の犠牲を冒してまでも在韓米軍が駐留する意義が薄れている。
その現実の中で日本がどう強かに生きるか、米国から押しつけられた日本国憲法を逆手にとって、日米同盟を維持しながら、自立の道を歩む難しい道が前途にある。米国の方が日本を必要としているという観点を持つ時代にさしかかったのではなかろうか。

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