713 アメリカの「敵前逃亡」? 古沢襄

今のアメリカの北朝鮮政策は1990年代のクリントン政権の和解外交に逆戻りした観がある。ブッシュ政権が発足してクリントン外交を厳しく批判していたライス大統領補佐官が、国務長官になって一転してクリントン外交と同じ外交手法をとらざるを得なくなったのは皮肉な現実といえよう。イラク政策の失敗が如何にブッシュ政権にとって、大きな失点だったことを物語っている。
このブッシュ外交の大きな転換をいち早く予見したのは共同OBの松尾文夫氏であった。松尾氏の祖父は二・二六事件に際して、総理大臣岡田啓介海軍大将と誤認されて、青年将校によって殺害された松尾伝蔵陸軍大佐。岡田首相の妹婿に当たる。また瀬島龍三元関東軍参謀の妻は松尾大佐の長女。
松尾文夫氏は共同通信社外信部の記者からニューヨーク、ワシントン特派員となった米国通。過去40年間、アメリカを専門にフォローしているベテラン・ジャーナリストである。2004年に『銃を持つ民主主義―「アメリカという国」のなりたち―』で第52回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。
「松尾文夫・アメリカ・ウォッチ」のブログを書いているので、時折、旧友の見解を読ませて貰っている。
      http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmbrog.html
滞米期間が長いので米国の友人も多く、その見解は示唆に富むものがある。
その見解で<アメリカが「テロ国家との直接対話には応じない」とのブッシュ政権発足以来の立場をあっさり変え、1月16日から3日間、ベルリンで行われた北朝鮮との直接会談で、2月の再開六者協議での共同文書合意の原型となる実質的な取引をまとめ、その内容をメモにしたMOU (覚書)まで作っていた>という事実をいち早く伝えてきた。
さらに松尾氏は「私はたまたまアメリカ旅行中の1月末、この米朝急接近の動きを肌で感じる経験をした」と言った。
<1月27日、ニューヨークで会った東アジア問題専門のベテラン学者はこういった。「どうやら1月のベルリンでのクリストファー・ヒル国務次官補と、金桂寛外務次官との会談で、大きな前進があり、MOUまでできたようだ。しかし、ワシントンでのブッシュ政権内での対北朝鮮強硬派との調整が済んでおらず、球は90%アメリカサイドにある」。 要するに、まだ様子眺めの慎重な態度だった。
それが4日後の31日、又同じこの友人に会うと、「強硬派の抵抗は排除されたようだ。ジョセフ国務次官辞任の発表がその証拠だ。中国による六者協議再開の発表は、ブッシュ大統領緒がライス国務長官の説得を受け入れて、ヒル次官補の交渉結果を承認したことを意味する。>
つまり、アメリカは、はっきりと対北朝鮮政策を転換したのである。イラク戦争の泥沼化による2006年の中間選挙での敗北後、ブッシュ政権内でネオコン勢力が力を失い、ライス国務長官の主導権の下で、核実検やミサイル発射は不問にして、とにかく北朝鮮の核開発に歯止めをかけることを優先する現実主義路線が実行に移されたというわけである。ヒル次官補がその立役者であった・・・と松尾氏は言いきった。
一月の時点で、米外交の転換をここまではっきり指摘した分析は出ていない。
しかも拉致問題についても安倍首相は、アメリカの「敵前逃亡」を覚悟しておくことが必要かもしれない、と厳しい指摘をした。
松尾氏によれば、<少なくともこれまでのところ、アメリカは同盟国として、日本の立場に協力し、日朝間での拉致問題の進展がない限り、北朝鮮側が強く望むアメリカによる「テロ国家支援指定」の解除、「敵国通商法」の適用終了措置などには応じないとの姿勢を明らかにしている。
しかし、いま安倍外交につきつけられているのは、最後は「アメリカ頼み」となるこうした北朝鮮強硬路線が、どこまでうまく機能するのかどうかという課題である。ライス国務長官・ヒル次官補のコンビによって、アメリカの対北朝鮮外交の現実主義路線への切り替えが実行に移される中で、当面はともかく最後には、北朝鮮とアメリカの取引のなかで日本が取り残され、裏切られるような結果になる可能性がないとはいえないのではないか>と指摘した。
現実に今この懸念は増大している。アメリカの著名なジャーナリストたちは、北朝鮮は日本にとっては脅威かもしれないが、アメリカにとっては直接的な軍事的脅威にはならないと言い出している。僅かにワシントン・ポストがライス国務長官・ヒル次官補の際限のない妥協外交を批判している程度である。
その意味で安倍外交は正念場に立たされている。参院選で敗北しても安倍内閣は瓦解しないが、北朝鮮政策とりわけ拉致問題でアメリカの妥協外交に追随することがあれば、安倍政権の存立意義がなくなる。それは瓦解の道でしかない。

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