1015 人民解放軍に“新強硬派”が台頭 宮崎正弘

中華思想の偏執的変形が軍事ナショナリズムだ。つい最近まで中国軍の強硬派は三人いた。ひとりは敢然として胡錦濤に逆らった劉亜星(空軍副政治委員、論客)は、中国の覇権を確立するための軍事論を立案した。劉の人脈には「超限戦」という物騒な本を書いたパラノイア的偏執的な軍事主義者が多く集う。
だが、劉亜星の脆弱さは、理論でっかちで実績がないことである。ナショナリズムを鼓吹するだけの時代は、軍のなかでも終わった。
また核兵器の先制使用を訴えて、世界中から注目を浴びたのは朱成虎(国防大学防務学院院長、朱徳の息子)だった。
この強硬な中華ナショナリズムの元締めのような考え方も、いまの共産党のなかでは評価が低いと見られているようだ。
「愛国」を叫べば無罪、その「反日」の頭目と言われ、軍の情報筋の元締めだったのは、熊光楷(中国国際戦略学会会長、対日タカ派の領袖)。熊は軍を引退したものの、依然とし隠然たる勢力をほこる。
日本の自衛隊情報筋が、もっとも注意している人物である。しかしながら熊光楷もまた、いまの人民解放軍のなかではナショナリズムを獅子吼するだけの特異体質漢と考えられているようである。
▼軍のなかの新思考
それならば、新しい軍事思想なるものが中国人民解放軍にはあるのか?
抽象的議論よりも、人事抜擢における人脈という縮図から、この難題を繙いてみると、ここへきて軍に複数の「重要人物」が一斉に登場した事実に注目である。
この新しい集団を「宇宙ギャング」と比喩したのはケビン・ポリピ-ター(中国分析家)だ(ジェイムズタウン財団発行「チャイナ・ブリーフ」、9月19日号)。
なぜなら有人宇宙飛行、宇宙船、そして衛星をミサイルでの破壊実験成功などで宇宙開発に貢献した実績を認められたライジング・スターたちだからである。
なかでも象徴的な出世頭は、張慶偉(中国航天科学技術集団総経理)。かれは国防科学技術産業委員会(閣僚級)主任に任命された。46歳。もっとも若い閣僚となった。
張慶偉は河北省出身で、大学卒業後「603研究所」で航空機の尾翼開発担当をしていた。
一度、大学院へもどり、航空機エンジンを学んだ後、宇宙関係諸施設に配属され、打ち上げセンターへ。
ここでは民間の衛星打ち上げをビジネスとした。米国のアジアサット打ち上げを成功させ、さらにコンピュタ技術で打ち上げの精度化に成功。くわえて1990年に米国ヒューズ社のアジアサット2を「長征ロケット」で打ち上げに成功させ、世界から注目された。あのときのチームを率いたのが、この張慶偉だった。
96年から通算61本の長征ロケットによる衛星打ち上げビジネスは94%という高い成功率を誇る(日本のH2ロケットは66%前後では有りませんか?)。
▼軍のなかの出世コースは好戦性と実績だ
97年には「東方3型」(長距離ロケット。ミサイルが原型)で衛星打ち上げに成功。同社の利益を肥大化させ、01年には共産党中央委員会入りした。この間、通信衛星をナイジェリアとベネズエラにも輸出した。
このバックには軍の総後勤部にあつまる副主任クラスの活躍がある。遅萬春(総後勤部政治委員。陸軍大将。山東人脈)。
ハルビンで宇宙工学を学んだが、各地の打ち上げセンター勤務のあとカシュガル衛星監視統御センターの党書記などを経て、中国各地にある戦略的ロケット打ち上げ部署を担当し、実績を積み上げてきた。ファミリーネームの遅は、遅浩田前国防相とは縁戚関係はない。
黄作興(総装備部副政治部員、少将)。山西省人。党中央学校で経済マネジメントを学び、太源宇宙打ち上げセンター政治委員などを歴任している。
張建啓(中将)も総装備部副政治委員を務めるが、山東人脈でハルビンに学んだあたりは、遅萬春と似ている。
有人飛行に成功させて「神舟」の打ち上げは酒泉打ち上げセンター。その所長を歴任し、出世した。
朱発忠(中将)は安徽閥。北京大学でコンピュタ数学を真凪、宇宙専門家として入隊。ミサイルを担当した。
各地のミサイル飛翔センターを経て、ミサイル実験設備の改良開発に努め、02年からは中央委員候補になっている。
これら一連の出世頭に共通するのは、むろん、業績第一ではあるが、もっと重要なことは軍のメンタリティである好戦性、とりわけ宇宙空間を戦場と平気で考え、平和利用から逸脱する危険な冒険主義を推進した前任の遅浩田国防大臣の路線を踏襲し、それがまた軍ならびに党における出世コースであることが、暗黙の前提条件と化している。そうした現在の党の体質は問題であろう。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)

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