第二次世界大戦は石油を持てる米国と持たざる日本・ドイツの戦争だったともいえる。日本の参謀本部の戦争指導方針は対露作戦が主流だったのが、ジャワ・スマトラ・ボルネオ進出など南方作戦に移っていったのは、南方の石油資源を獲得することに狙いがあった。
米国から石油の禁輸措置、いまでいう経済制裁を科せられたから、自力で石油を確保する必要に迫られた。日米開戦と同時に日本の落下傘部隊がスマトラの製油施設近くに降下した。朝日新聞に”空の神兵”と書かれている。
北アフリカ戦線に現れたドイツ機甲兵団は、エルウィン・ロンメル将軍の巧みな戦車用兵でイギリス軍を圧倒した。北アフリカ戦線は枢軸国だったイタリア軍の守備範囲だったが、戦車兵団を持ったイギリス軍によって粉砕され、ロンメル機甲兵団はその救援に赴いた。
ロンメルの神出鬼没な戦車用兵によってイギリス戦車兵団は劣勢に回り、ロンメルを称して”砂漠の狐”と怖れた。
ところが戦闘中にイギリス兵はドイツ兵が短いホースを持って戦っているのに気がついた。ドイツ兵は戦車戦で破壊されたイギリス戦車からホースで戦車燃料を吸い出していたのである。またイギリス軍の燃料補給所がロンメルによく狙われた。
「ドイツ軍は石油が不足している」と判断したイギリス軍は戦法を大きく修正する。結局は石油を持たざる日本とドイツが米国など連合軍に屈したが、その戦争の最中に日本もドイツも「人工石油」の開発に力を入れていた。
日本では秋田沖や新潟沖の日本海で石油が掘削して採ることができたが微々たる量である。その反面、石炭は北の北海道から南の九州まで豊富な埋蔵量がある。その石炭から人工石油を造る「石炭液化技術」の基礎研究が行われている。
ただ人工石油の難点はコストがかかることと経済性・効率性の悪さにある。極端なことをいえば、石油は穴を掘るだけでいいからコストがかからない。掘削櫓、製油施設などを入れて一バーレル当たりのコスト費は数ドルであろう。
だから一バーレル18ドル時代でも十分に採算がとれていた。いまや140ドルを越えるのだから産油国のロシアにとって”石油様々”、馬鹿儲けをしている。
その一方で石油の値段がこれだけ高騰すると、コスト面で顧みられなかった人工石油に再認識の風潮が出てきた。おまけに石油は近い将来に枯渇する予想もでてきた。昨年に石油鉱業連盟が「世界で生産できる石油が、あと68年で枯渇する」との見通しを発表している。
これまでは採算面で顧みられなかったオイルサンド(原油を含む砂岩)やオイルシェール(原油を含む堆積岩)なども脚光を浴びている。戦争のない平和な時代に人工石油が話題になるというのも不思議な巡り合わせといえる。
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2009 戦争のない平和な時代に人工石油 古沢襄
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