五・一五事件の前夜のような世相だと言われている。昭和七年五月十五日、海軍の急進派青年将校が中心となった叛乱事件である。私が生まれて四ヶ月後のことだから記憶にある筈がない。
首相官邸に九人の青年将校が乱入した。警備についていた警官が食堂前にいた犬養毅首相に「総理、大変です。逃げて下さい。大急ぎで逃げて下さい」と逃げ口を指して懇請した。しかし犬養首相は「わしは逃げん。そいつらと会おう」と言った。
そうこうしている中に青年将校らに見つかった。後に右翼活動家となる三上卓(海軍中尉)が犬養を狙って拳銃の引き金を引いたが不発だった。
「待て、撃つのはいつでも出来る。向こうへ行って話を聞こう。話せば分かる」と犬養は先に立って日本間に入った。そこでタバコに火をつけて一服、三上らの足元をみて「靴ぐらい脱いだらどうじゃ」と諭している。
三上は「靴の心配は後でもいいではないか。何のために来たかわかるだろう。何か言い残すことはないか」と押し問答になった。犬養が何か話そうとした瞬間に、山岸宏(海軍中尉)が「問答いらぬ。撃て、撃て」と叫び、黒岩勇(海軍少尉)が一発撃った。三上も犬養のこめかみに拳銃を発射。
犬養は倒れたが、青年将校が去った後に女中が入ってくると「タバコに火をつけてくれ。いまの若い者をもう一度呼んで来なさい。話して聞かせることがある」。「話せば分かる」「問答無用」は五・一五事件を象徴する言葉として残った。
だが昭和十一年二月二十六日の二・二六事件と較べると五・一五事件には分からない点が多い。二・二六事件は陸軍の急進派が中心だが、三月事件、十月事件のクーデター計画が背景にあった。そこには”昭和維新”という体制転換・権力奪取を狙った組織的な軍事力の行使があった。
五・一五事件は二・二六事件と並んで軍人によるクーデター・テロ事件といわれるが、権力奪取というよりも”暗殺テロ”の色彩が強い。犬養首相を暗殺する根拠も薄弱といえる。
たしかに昭和四年の世界恐慌に端を発した国内の大不況、企業倒産で社会不安が醸成されていたが、犬養首相は昭和七年二月の総選挙で金輸出再禁止などの不況対策を行うことを公約にして大勝している。陸軍など軍部との関係も悪くなかった。
急進派の海軍将校の中には、ロンドン海軍軍縮条約で補助艦保有量の制限を認めたことが、国辱的だとする強硬論があったが、この首席全権は若槻禮次郎氏。犬養首相の時代ではない。しかも海軍部内ではロンドン海軍軍縮条約の批准に賛成する「条約派」が存在した。
これに反対した「艦隊派」との対立が、その後の海軍部内の派閥対立の温床になったが、海軍将校の過激派が狙ったのは若槻首席全権で、襲撃の機会を窺っていた。しかし若槻の立憲民政党が選挙で大敗して、若槻内閣は退陣してしまった。まったく関係のない犬養首相が犠牲になったといえる。しかも五・一五事件で暗殺されたのは犬養一人であった。
五・一五事件の前夜のような世相というのは、国粋右翼の台頭と関連付けてみる必要がある。第一次世界大戦の後、日本には西欧流のデモクラシーの大波が押し寄せている。それまでの日本右翼は大アジア主義が大きな流れであった。その右翼は対外的な大アジア主義から反社会主義、反労働運動に転換をみせている。
政友会系の関東国粋会、大日本国粋会や憲政会系の大和民労会などが活発な活動を始めて、大正赤心団、赤化防止団、大日本正義団、愛国社が相次いで設立されている。右翼学生組織の草分けとして早大の縦横倶楽部も結成された。一連の右翼は資本家の横暴を攻撃する国家社会主義の先駆的な存在となった。
北一輝が組織した「猶存社」には大川周明や満川亀太郎が両翼となり二・二六事件の西田税らが加わっているが、北と大川が対立して、大川は行地社の総務委員長、満川は主事となった。大川らは軍・民交渉を積極的に進めて、これが五・一五事件の温床と遠因となったのではないか。
昭和七年は二月の血盟団事件と五月の五・一五事件という血生臭い事件が続いた。いずれにも海軍の過激派将校が関与しているからロンドン海軍軍縮条約に対する不満派が実力行動に出たと見れば良いが、台頭している右翼の支援がなくては、あれだけの事件は起こし得ない。
首相官邸に乱入した海軍青年将校を含めて陸軍側、民間右翼側が多数参加している。民間右翼側では愛郷塾の橘孝三郎らが名を連ねた。大川周明、本間憲一郎、頭山秀三らが後援に回っているが、青年将校側は「大川からは金銭や拳銃の供与は受けたが、行動計画や決行日時の決定には何等の命令も示唆も受けたことはない」と大川の指導性を否定する証言を行った。
襲撃計画では第一隊は首相官邸、日本銀行、第二隊は牧野内府邸、第三隊は政友会本部、第四隊は三菱銀行としたが、全体としてズサンさが目立っている。だから五・一五事件の前夜のような世相だと言われても戸惑いを覚える。
国内の大不況、企業倒産で社会不安が醸成されてはいるが、これがクーデターやテロ行動に結びつく可能性があるだろうか。少なくとも五・一五事件の前夜のような右翼行動の高まりは出ていない。あまり危機感を煽るのはどうかと思う。
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2585 五・一五事件の前夜なのか? 古沢襄
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