北朝鮮の弾道ミサイル「テポドン2号」は、予告通り4月5日昼、「無事に」日本上空を飛び越えてくれた。日本に落下することもなく、自衛隊始まって以来の「破壊措置命令」を実行する場面には至らなかった。「無事に」と書いたのは、なんとも不謹慎であることは承知しているが、政府当局者の対応ぶりを見ていると、それが本音なのではないか。
それにしても、大気圏外とはいえ、日本上空を飛び越えるというのは、国家に対するきわめて失敬な態度である。本当に人工衛星を打ち上げたいのであれば、中国に頼めばいいではないか。広大な中国なら、ほかの国に迷惑をかけることもない。
ささやかに発信しているブログで「夜中にトイレに起きた古女房が亭主の頭をまたいでいくようなものだ。これをどやしつけられない亭主も情けない」と書いたら、読売のマンガ「コボちゃん」も似たようなのをやっていた。
今後は国連安保理でどこまできつい非難決議を採択できるかが焦点となっている。外交当局の努力に待つ以外にないが、「テポドン2号」が日本にもたらした影響を考えると、政治やメディアの脆弱性といったものが浮かび上がる。
*長距離弾道ミサイル」と呼べない政治やメディア
政府は当初、「飛翔体」と呼んだ。向こうが人工衛星の打ち上げだといっているのだから、という理由らしい。打ち上げ後、「ミサイル関連飛翔体」という、これまたわけのわからない呼称を考えだした。なんとも姑息としかいいようがない。
国際社会は北朝鮮の友好国だけが人工衛星の打ち上げということを表向き受け入れているだけだ。大勢は弾道ミサイル実験と認定している。北朝鮮は前回と同様に、人工衛星から将軍様を称える歌が聞こえるなどと言っているが、世界中でこれを受信したという報告はない。
たかが呼称ではないかといわれそうだが、ここはこだわりたいところだ。そこまで北朝鮮に媚び、へつらう必要がどこにあるのか。新聞のほとんどは<北朝鮮は「人工衛星」を搭載していると主張する長距離弾道ミサイルの発射について、・・・>(日経)といった表現を用いたが、不可解なのはNHKだ。「飛翔体」という呼称をそのまま使った。政府の表現に忠実に従うのは、さすが公共放送らしいところだが、今回のケースでは、その呼称の違いで意味合いが変わってくることに気づくべきだろう。それが「自由な報道」の基本だ。
もうひとつ、NHKに注文しておかなくてはならない。日曜日の午前11時半打ち上げ、という微妙な時間帯であった。すぐさま臨時ニュースを流したのは当然だが、12時半になったら、15分遅れで「のど自慢」に切り替わってしまった。
この時点では、東北地方で落下物はないか、総点検が行われていた。それが「のど自慢」というのでは、天下のNHKの名が泣く。旧知のNHK出身者に聞いてみると、「のど自慢」は生放送で、毎週、日本各地で行われているため、ずらすことができないのだそうだ。
CNNは延々とブレイキング・ニュースを流しており、当方もしかたなく、そちらに切り替えた。NHKはいくつも波を持っているのだから、ひとつぐらい、ニュース専門チャンネルをつくってはどうか。そうすれば、受信料の不払いも減少するはずだ。
念のために、さらに付言すれば、NHKは「のど自慢」のあと、短時間、「テポドン2号」のニュースをやったかと思ったら、認知症対策といった内容の番組の再放送になってしまった。NHKそのものの認知症度を自己検証すべきだろう。こちらは受信料を払っているのだから、言いたいときには言わせてもらう。
*麻生政権に有利に作用したテポドン2号
で、「テポドン2号」が日本の政局に与えた影響を考えてみよう。麻生首相にとっては格好の「援軍」となった。前日に「誤探知」という不手際があったにせよ、当初から「破壊措置命令」を出して強硬な態度で臨む姿勢を見せたことは、大方の国民には「頼もしく」映ったに違いない。
一方で野党側はどうか。ミサイル発射前の国会決議がなんともぶざまなものとなった。「国連安保理決議に明白に違反」という部分が、共産、社民、国民新党の要求によって、削られたのだ。「飛翔体」という呼称も用いられた。民主党がこれを飲み、自民党も結局は全会一致を優先させてこれに従ったため、なんともゆるやかな決議となってしまった。
ミサイル発射後の抗議決議はさすがに「ミサイル発射」「国連決議に明白に違反」といった表現が盛り込まれた。衆院本会議で今度は民主党も賛成にまわり、共産党は反対、社民党は棄権した。民主党の一連の対応がこれでよかったのかどうか、疑問が残る。
日本に落下して大惨事にでもなっていたら、また違う展開もあったかもしれないが、ともあれ、冒頭に書いたように「無事に」上空を飛び越えてくれたのだから、麻生首相には「結果オーライ」ということになる。
ということは、日本政府は北朝鮮の「ミサイル技術」に助けられたという皮肉な側面も指摘しなくてはなるまい。破壊措置命令は、もしミサイルそのものや機体の一部が日本に落下しそうになったときに発動されるものだ。「撃墜せよ」というのは勇ましいが、日本に落ちてこない限り、これを撃ち落とすことはできない。集団的自衛権の行使を容認していない政府解釈の現実の姿を見せられた、ということになる。
*本当に撃墜できる能力はあるのか
そこから、さらに考えていくと、日米同盟は機能したのかという重大な課題を指摘しなければならない。アメリカは撃墜に及び腰であった。だいたいが、北朝鮮が米本土にまで届こうかという長距離弾道ミサイルを発射することそのものを見据えると、日米同盟の基軸である「アメリカの核の傘」が本当に機能しているのかどうかという深刻な問題にぶつかる。
自衛隊の元高級幹部によれば、こうしたミサイルは発射直後には撃墜できる可能性が高いのだという。今回、日本側はミサイル防衛(MD)システムを初めて本格発動、イージス艦の海上配備型迎撃ミサイル(SM3)、地上配備の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が万一の事態に備えた。「ピストルの弾をピストルで撃ち落とすようなもの」といった政府筋のよけいな発言もあったが、日本に落下した場合は撃墜する構えだけは整えた。
不透明なのは、今回、自衛隊が撃墜しようとすれば本当に可能だったかどうか、その点がはっきりしないことだ。むろん、防衛体制の中核に触れる話だから、当局が明らかにするはずはないのだが、今後の検証報道が待たれるところだ。
「テポドン2号」発射のニュースに隠れてしまった感もあるのだが、実は、同じ5日、アメリカのオバマ大統領はチェコのプラハで新しい核戦略に関する重要演説を行っている。「格廃絶」を前面に打ち出したのである。
「核不拡散に関する包括的演説」は2万人のプラハ市民の前で行われた。ネットでその演説の模様が世界中に流されており、歴史的演説となる可能性もある。オバマ演説の軸は(1)「核兵器のない世界」をめざす(2)核兵器が存在する限り、敵対国に対する抑止力を維持するーという2点だ。
米ロ戦略核兵器削減条約(START)の12月までの更新、米議会での包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准、世界核安全保障サミットの1年以内の開催、テロリストに核を渡さないため4年以内に世界のあらゆる核物質を安全な管理下におく・・・など濃密な内容となっている。
この「核廃絶」演説の基礎になったのは、07年1月、08年1月に打ち出されたシュルツ、ペリー、キッシンジャー、ナンの「4人組」による論文であることは間違いない。
オバマ大統領は広島、長崎を例にあげて、アメリカの「道義的責任」にも触れた。
*何もできない日本が浮き彫りに
「テポドン2号」と「オバマ新核戦略」が同じ日に行われたというのも、なにやら暗示的である。日米安保体制下では、「テポドン2号」が仮にアメリカに到達することが分かった場合でも、日本は撃墜できない。逆に、日本を狙った場合、米軍にはこれを撃墜する責任があるのだが、その保証は十分なのかどうか。麻生首相は国民に向けて、その疑問に答える必要がある。
北朝鮮の狙いははっきりしている。瀬戸際作戦でアメリカを引きずり出そうという金正日戦略である。日本など眼中にはない。日本を狙うのならば、320発配備しているとされるノドンで十分だ。日本を狙っているということがはっきりした場合は、個別的自衛権の範囲内として発射基地を攻撃できるというのが、政府解釈だ。
だが、実際には専守防衛を旨としてきた自衛隊だから、F15戦闘機には対地攻撃能力は備わっていない。ピンポイント爆撃ができないのが実情だ。北朝鮮にとっては怖くもなんともない。「テポドン2号」は日本の政治そのものや防衛体制の基本的課題を浮き彫りにしたのではないか。そこをとことん追求しないと、今回の教訓が生きてこない。
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3166 「テポドン2号」は日本に何を残したか 花岡信昭
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