5219 田中角栄とオールドパー 岩見隆夫

お酒の話である。田中角栄元首相の秘書だった佐藤昭子が先日死去したが、著書「私の田中角栄日記」(新潮社・94年刊)に次の描写がある。首相に就任してまもなくの72年秋だ。
<そのころ田中事務所は国会に近い砂防会館にあった。事務所に着くと、田中はまっすぐ一番奥の執務室に入る。
「ご苦労さまでした」
「うん。何かあったかい」
私はその日の報告をし、オールドパーの水割りを作る。田中はグラスを傾けながら話を聞いている。……>田中といえば決まってオールドパー、品のいい箱形のびんに入った高級スコッチウイスキーをなぜあれほど愛飲したのか。長年の疑問だった。
その謎が解けた。教えてくれたのは先輩記者のNである。Nによると、田中が池田政権で蔵相をつとめていた63年夏ごろだ。
当時、政界の大御所だった吉田茂元首相に接触したいと思い、吉田の側近、佐藤栄作に仲介を頼む。佐藤が、「ご引見を」というと、吉田は、
「ああ、あの山猿か」と応諾した。田中はさっそく神奈川県大磯の吉田邸に出掛け、贈り物には良寛の書を持参する。皮肉屋の吉田がそれを見て言った。
「本物か」
「ええ、値段からみて……」
「本物でもおまえが持てば偽物になる。偽物でもおれが持てば本物になるんだよ」と人を食ったことを言いながらご機嫌だった。この時、
「まあ、飲め」と吉田がすすめたのがオールドパー。
「白ひげのじいさんのラベルを張った洋酒を振る舞われた」と佐藤に報告すると、
「あれが出たのなら、おまえ、気に入られたのだ」と佐藤がもらした。
この話、Nは吉田に付き添っていた大使OBの秘書から聞いたという。
「角さんはそれ以来、一辺倒になったらしい。味もよかったのだろうが、仰ぎ見る吉田大長老にあやかりたい気持ちもあったのではないか」とNの見方である。
オールドパーは明治の初期、岩倉具視が特命全権大使として欧米を視察した際に持ち帰って以来、本物の味を求める粋人たちに愛された。ラベルにもあるように、152歳まで生きたというイギリスの最長寿者、トーマス・パー(1483~1635)の愛称が銘柄になっている。
この田中と吉田がめぐり合う場面は、佐藤昭子の著書にも出てくる。それ以前に、佐藤は田中に内緒で、吉田の秘書と何度も会食を重ねていた。
<吉田さんは、池田の次は佐藤、佐藤の次は誰かと思案している。田中か大平だろうとのこと。私は精一杯田中の株を上げなければいけないと思った>などと記している。しばらくして、田中が佐藤に、
「おいおい、大磯から声がかかったぞ。何だろう」と上気した顔で言った時は心の中で快哉(かいさい)を叫んだ。秘書同士の接触の成果とみたからだが、田中は佐藤(栄)への仲介依頼を隠している。大磯から帰ると、田中は
「おまえが持っていても偽物だと思われる。おれが持てば本物だ、と言って良寛の書を召し上げられたよ」と苦笑したという。Nの話を裏付けている。佐藤は、
<明らかに、ある感触を得たようだった>と書いているが、感触とは、吉田が田中の天下取りについて何らかの言質を与えた、ということだろう。あるいは、リップサービスだったか。
半世紀前のオールドパー会談が、ただの表敬訪問でなかったのは確かだ。(敬称略)
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