5934 七兆円相当のダイヤで自由党を結党? 古沢襄

政界の情報通・辻トシ子さんは92歳になったが、頭の回転は少しも衰えない。昨年から続いていたノンフクション作家・石井妙子さんと連載対談(文藝春秋の「本の話」掲載)が終わったが、戦後保守政界の黒幕といわれた父親の辻嘉六氏の想い出話が面白い。
辻嘉六氏といっても今の若い人は知るまい。鳩山一郎氏を担いだ自由党結党の立役者でありながら、黒幕に徹して決して世間に出ることがなかった。辻嘉六氏が書いた回想録は文藝春秋の「政界黒幕の弁」(昭和24年12月号)だけである。
岐阜で生まれて日露戦争が始まる前に児玉源太郎大将に仕えている。児玉の傍らには辻嘉六がいつもいる・・・といわれた。日露戦争が終わったら、児玉から「原敬を助けるように」といわれて、ひたすら原敬のために尽くしたが、大正10年に原首相は暗殺されてしまった。
これ以降の辻嘉六氏は一本立ち?の黒幕になるのだが、口が堅くて、すべての真相は墓場まで持っていった。昭和23年に亡くなっている。
鳩山自由党結党の結成の黒幕だといわれたが定かな証拠はない。戦後、旧日本軍が国内各所に貯蔵した隠退蔵物資が闇取引され、その莫大な資金が辻嘉六氏を介して鳩山一郎氏に渡って自由党が結成した・・・というのが通説だが、右翼の児玉誉士夫氏が上海に設けた「児玉機関」に隠匿していた5万2000カラット、当時で220億円(現在の7兆円)相当のダイヤを持ち帰り、辻嘉六氏を介して鳩山一郎氏に提供されたという説もある。
いずれも当時のカストリ雑誌に面白可笑しく書かれた。国会でも戦後初の疑獄事件として「辻嘉六事件」と言われた。不当財産取引委員会は、辻嘉六氏を証人喚問したが、病気と称して応じない。臨床尋問に切り替えたり、追放中の鳩山一郎氏を喚問したり、いろいろやってみたが不発。東京地検も捜査を諦めて、本命の「昭和電工疑獄」に捜査の重点を移した。
だから真相は分からないのだが、児玉誉士夫氏が上海から持ち帰ったダイヤモンド説の方が信憑性があると思っている。辻トシ子さんに幾度か聞いたことがあるが「ウフフ・・・」と逃げられた。石井妙子さんとの対談でも「私は軍の隠匿物資がどうしたとか、そういう話はまったく存じません。父だって、そんな話を私にする筈がない」・・・模範回答である。
辻嘉六氏の葬儀は築地の本願寺で、鳩山一郎氏が葬儀委員長になって行われている。辻嘉六夫人が亡くなったのは昭和61年。胃がんが悪くなっていた鳩山威一郎氏が一人でひっそりと世田谷・奥沢にある辻トシ子さんの自宅に弔問で訪れている。
辻嘉六氏が亡くなって明治時代からつけていた日記が庭で燃やされた。東京選出の代議士が家族に断らずにやったという。「こんなものを遺しておいたら大変なことになります」と代議士はいう。
「大変になるのは私じゃないわ。そこに書かれている人たちでしょう?父が大事に書き溜めてていたものなのに、本当に恨みたいわよ」
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