■氾長龍が居残り、孫建国が副主席になるか? 軍の刷新より人脈に注視
氾長龍(中央軍事委員会副主席。軍人の事実上のトップ)率いる訪米団は8日、米国を訪問。
そのメンバーを見て、中国人民解放軍の次の主導部が予測できるのでは、とチャイナウォッチャーの間に議論が喧しくなった。
随行団筆頭は孫建国で、潜水艦長あがり、生粋の海軍っ子。河北省籍だが、浙江省寧波生まれ、68年に海軍へ入隊し、原潜艦長として潜り続けること84日の記録を樹立、つづいて90日間浮上せずの新記録を打ち立て「中国のパットン将軍」と言われた(「多維新聞網」、6月9日)。
1999年に少将、2000年に海軍副参謀長、04年参謀長、06年海軍中将となる。2011年海軍大将。11年に党中央委員。この履歴は現在、軍事委メンバーに海軍から選ばれている呉勝利に酷似する出世パターンである。
ダークホウス的存在で訪米団メンバーとなったのは晃昌徳で、かれは復丹大学哲学科卒。総政治部副部長が訪米団に加わるのは珍しいケースである。
2013年に常万全(国防部長)が訪米の折は、海軍副司令の丁一平、戦略ミサイル軍副司令の王久莱、香港駐在部隊指令の王暁軍を伴った。
2014年に房峰輝(参謀総長)訪米の折は副官の乙暁光、海軍副司令の徐洪猛、空軍参謀長の麻振軍、瀋陽軍区司令の王教成が随行団だった。政治部からは誰も撰ばれていないのだ。
ダークホウスの晃昌徳は江西省出身で31集団軍政治主任、南京軍区政治部副司令などを経て、97年に陸軍少将。07年成都軍区政治部主任。08年中将に昇格し、13年陸軍大将。中央委員入りした。
この31軍ならびに南京軍区出身は、習近平がその人脈をもっとも重視している軍の有力なコネクションである。
もうひとり、首都防衛(これを御林軍という)、とりわけ中南海警備を兼ねる北京軍区司令は宋普選である。
宋普選も習近平の信任すこぶる厚い理由は南京、北京、済南軍区での勤務があり、とくに南京軍区時代には作戦立案部長を経験している。2010年、中将、13年国防大学学長。この履歴は参謀部長の房峰輝と似ている。
こうして早くも中国軍中枢の次の中枢を担う人々が浮上し、派手派手しい米国訪問となった。(註 氾長龍の「氾」に草冠。晃昌徳の「晃」は上が「口」、下は「天」です)
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