日本の政治家をみていると、かなり私流の乱暴な仕分けになるが、小泉・米国、森・ロシア、福田と小沢両氏が中国に親近感を持っていると思う。その仕分けでいくと故人だが渡辺美智雄氏は東南アジアに強い関心を持っていた。
ミッチーは「華僑こそ”見えざる大国”」と言ったことがある。米国ではユダヤ社会が隠然たる力を持っているが、東南アジアでは華僑社会だという。岡本隆三氏の「華僑王国」(1966年 講談社)が華僑に詳しい。
華僑の”華”は中華だというのは容易に想像がつくが、”僑”は「僑居(旅住い)」あるいは「僑寓(仮住い)」のことだという。中国人の国外における一時的な在留者の意味だが、清朝末期に国外に逃れて清朝打倒を目指した革命団体を指すと岡本氏は定義した。
だから異民族の清朝政権は大清律令第225条で「人民の海外に至るものは、その罪、盗に通じ敵に通じるに等しく斬首の刑に処す」と布告している。
華僑の歴史は苦難に満ちている。最初は苦力労働者が多かったが、裸一貫から行商となり、やがて商人として財を蓄えている。このあたりが東京商科大学(現・一橋大学)附属商学専門部を出て、戦後に行商の会社を設立したりしたミッチーに共感するものがあったのかもしれない。
華僑社会の特徴は地縁、血縁、顔による人間的な結合関係が支配する集団だという。これは亡国の民だったユダヤ社会とよく似ている。頼りにすべき国家がないから、カネこそが頼りになる。敗戦後の日本にもカネ万能の風潮が残った。
その”見えざる大国”華僑が、胡錦濤国家主席の中国と手を結べば、中国マネーが世界を席巻する。宮崎正弘氏の「世界を覆い始めた華銭」を読んだ率直な印象なのだが・・・。
<華僑 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
華僑(かきょう)は、中華人民共和国政府の定義によると、「中国・台湾・香港・マカオ以外の国家・地域に移住しながらも、中国の国籍を持つ漢民族」を指す呼称である。同政府のいう「中国」には台湾地域が含まれる。留学生は含まない。
華人、華族と混同される場合があるが、華僑と、華人・華族は異なる概念である。これら概念を区別する場合は、華僑とは二重国籍等の状態によって中国籍を保持したままの者を指す。華僑は第二次大戦までその経済基盤からの本国への送金によって、中国国際収支の重要な要素であった。
東南アジア(シンガポール含む)、アメリカ、日本、イギリス、オーストラリアなどに多い。東南アジアにおいては華僑は華南地方出身が多いとされる。もともとは、海南島(現海南省)を含む広東省や福建省の出身者が多いが、最近は上海や北京周辺や、台湾の出身者も増加している。中国語は方言の差が大きく、同じ省内でも言葉が通じないことも当たり前で、方言の通じる、出身地が同じ人たちが助け合ってコミュニティーを形成することが多い。
出身地別では、広東省広州周辺出身で広東語を話す広東人、台山や江門出身で台山語を話す台山人、潮州や汕頭周辺の出身で潮州語を話す潮州人、梅州周辺や陸豊、海豊周辺出身で客家語を話す客家人、現海南省出身の海南人、福建省南部の厦門、泉州周辺出身で福建語を話す福建人、福州、福清周辺出身で福州語を話す福州人、莆田周辺出身で興化語を話す興化人、浙江省寧波周辺出身で寧波語を話す寧波人、温州周辺出身で温州語を話す温州人などが別々に同郷人のコミュニティーを形成してきた。出身地の方言の他、海外居住地域の言語を用いるが普通であるが、これらに加えて、最近では北京語や英語も広く用いられるようになっている。
華僑はマイノリティながら、同郷者で形成されるコミュニティーと、これをもとにした同業者の集団ができあがり、現地の経済・政治に大きな影響力を持つことが多い。同業者の集団ができあがるのは、先行して商売を始めた経営者が、同郷の人を雇い、やがては独立して同業を行うことが繰り返されやすいことによる。経済的に実力をつけると政治面でも力をもつようになるのは資本主義社会の常である。政治面での例では、タイの王室、コラソン・アキノ元フィリピン大統領は華僑の血を引いている。
日本においても、多くの華僑が存在し、主に経済や文化芸能の方面で活躍が見られる。女優の鳳蘭、野球の王貞治、経済評論家の邱永漢、囲碁の呉清源(戦後の一時期)、歌手のジュディ・オング(翁倩玉)、アグネス・チャン(陳美齢)等が有名である。
華僑という言葉は「成り上がり者」という蔑称も含むので、近年は、差別用語に当たるとして、「華僑」という表現を避けるメディアも出てきている。>
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