埼玉県日高市新堀に高麗神社(こまじんじゃ)がある。鳩山一郎元首相が「出世明神」として参拝したことでも知られている。
高麗神社の案内板には「霊亀2年(716)5月、甲斐、駿河、相模、上総、下総、常陸、下野7ヶ国から高句麗人1,799人を武蔵国に移し、高麗郡を創建した」と続日本紀の記載を引用して、高麗郡の長となった高麗王・高麗若光の神霊を祀り、高麗神社と称したと創建の由来を伝えている。
高句麗・・・千五百年も昔の話だが、紀元前37年頃から668年まで、中国東北部(満洲)南部から朝鮮半島の大部分を領土とした高句麗という大帝国があった。朝鮮半島の南東部にあった新羅と中国の唐の連合軍によって滅ぼされている。その遺民が関東地方にやってきていた。
高句麗滅亡後、平安時代初期の815年に嵯峨天皇の命により古代氏族名鑑「新撰姓氏録」が編纂されている。そこに高句麗から渡来した氏族の名が四十一人出ている。
「新撰姓氏録」・・・わが国は朝鮮半島の国家の興亡の歴史の中で、流民となった王族たちを受け入れ、同化政策をとった記録が遺されている。
詳しくは渡来人系の氏族を「諸蕃」と称して、326氏を出身地別に五分類してある。中国の、「漢」として163氏。朝鮮の「百済」104氏、「高麗」(高句麗を指す)41氏、「新羅」9氏、「任那」9氏が挙げられている。どこにも属さない氏族として117氏。新羅から流民の数が少ない特徴がある。
「高麗」41氏については、”高句麗王の末(一族)か?”として、高麗、難波、大狛、黄文、長背、豊原、桑原の姓が出ている。最初に高句麗の遺民たちが海を渡って日本に渡来したのは佐渡島だという説が有力である。
高句麗はツングースの騎馬集団が南下して作った国家といわれる。古くはツングースの粛慎族で、高句麗にきた者を靺鞨(まつかつ)族と呼んでいる。高句麗の建国神話では、始祖・東明(とうめい)王は、扶余国の王族の出だということになっている。
私はDNA鑑定から日本人のルーツは、むしろシベリアのバイカル湖周辺のブリヤート・モンゴル族が、氷河期にマンモスを追って渡来したとみているが、それは別の機会に譲りたい。
縄文人とブリヤート人のDNA鑑定はすでに立証されているが、朝鮮半島からの渡来民のDNAは少ない特徴がある。中でも朴槿恵大統領の出身地・朝鮮半島東部の新羅系が少ないのは興味深い。
杜父魚文庫
15958 関東にある高麗王・高麗若光の神霊 古澤襄
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