2008-07

宮崎正弘

2000 台湾株を猛烈に買う投機家 宮崎正弘

なぜこの時期に? 馬英九・台湾総統がジム・ロジャースと会見。台湾株を猛烈に買う世界有数の投機家に、或る願望を委託?6月25日、ジム・ロジャースと会見した馬英九の脳裏を去来したのはなにか?ジム・ロジャースといえば世界一の投資家として知られるジ...
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1999 日本人にとっての砂糖 渡部亮次郎

日本に初めて砂糖が伝えられたのは,754年(天平勝宝6)に来朝した鑑真(がんじん)によってであるとされることが多い。それは鑑真の第1次渡航のさいの積荷の中に〈石蜜〉〈蔗糖〉の名が見えるためで,この石蜜を氷砂糖とする説も多い。鎌倉時代に発した...
加瀬英明

1998 テレビが国民を蝕んでいる 加瀬英明

たまにしかテレビを見ないが、腹が立つのは、間断なくけたたましい笑い声が流れてくるのと、食べ物番組が多いことだ。 ニ六時中、落語か、漫才の寄席に身を置いているようだ。人は息抜きのために笑うべきであって、朝から晩まで笑っているのでは、腰が抜けて...
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1997 寒冷化説と温暖化説 古沢襄

一九七〇年頃には異常気象が頻発したことから、寒冷化、氷河期の到来を予測する危機説が流行った。人間がエネルギーを石油や石炭に頼っているかぎり、全地球的な大気汚染が増加する一方で、しかもそれは太陽の直達日射をさまたげ、寒冷化を招くという地球寒冷...
宮崎正弘

1996 北京五輪とイスラム過激派 宮崎正弘

チベット代表団との話し合いを北京は始めたが、イスラム過激派の地下活動が五輪めがけて活発化。チベットのダライラマ亡命政府代表と北京との二回目の話し合いは、7月3日に行われ北京は初めてチベット急進派(「チベット青年会議」)とチベット亡命政府との...
平井修一

1995 触らぬ妻に祟りなし 平井修一

「触らぬ(障らぬ)妻に祟(たた)りなし」と、突然言葉が浮かんだ。強迫観念からこんな言葉が出てきたのだろう。どうしたらいいものか。どげんしたらよか? 分からん。その一方で、こんな思いもある。<食とか味覚とかは、個人、国家、民族の誇り、歴史、文...
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1994 原敬夫人遺聞 志賀節

原敬夫人・浅さんの甥で、毎日新聞社社長だった上田常隆氏から聞いた話だ。「新派顔負けの話。それも第一幕から第三幕まであるドラマです」と上田氏は前置きして「第一幕」といった。中岡良一の凶刃に東京駅頭で仆(たお)れた原敬の遺骸は駅長室に運びこまれ...
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1993 時計の針を戻せたら 古澤襄

ジャーナリストにとって、忘れられないのは、駆け出し時代のことであろう。私の駆け出し時代は、東北・仙台のサツ回りだった。そこで富山県・高岡出身の色白の美人ジャーナリストに出会った。テレビ全盛時代の今なら美人キャスターは掃いて捨てるほどいる。し...
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1992 神風特別攻撃隊慰霊碑 若宮清

我々淡路人にとって夏とは、島祭り、お盆休み、子ども達の夏休み、それと高校野球の甲子園、国にとっては八月十五日、終戦記念日の武道館における天皇・皇后両陛下による全国慰霊祭、平和を愛する人々による八月六日の広島原爆記念行事戦後生まれの私ですが、...
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1991 「鮮人に砂糖食わすな」 渡部亮次郎

小便が甘くなる糖尿病だが、砂糖を食いすぎたからなる病気ではない。口から入れた栄養素を血肉に変化させるためのホルモン「インスリン」が膵臓の「ランゲルハンス島」から十分に出なくなる病気である。インスリンに見向きされなかった栄養(ブドウ糖)が小便...