87 大津波で消えた十三湊文化 古沢襄

津軽・十三湖を訪れたいと思いながら果たせないでいる。十三湖・・・津軽人の太宰治は「「真珠貝を水に浮かべたような」と十三湖を表現している。中世、十三湖の開口部にある十三湊(とさみなと)が日本海の海運拠点として栄えていた。安東船と称した保有船は約700艘、遠くロシア沿海州との交易で往復したり、国内各港にも物産を運んでいた。常時出港中の船は500艘ともいわれた。七百年前にさいはての津軽の地で、華麗な文化が花咲いていた。
国立民俗博物館の発掘調査によって、十三湊の遺構や安東(あんどう)水軍の活躍が明らかになった。東北の古代・中世史をみるうえで、十三湊の興亡史を知ることが欠かせない。しかし、南部藩がこの地に侵攻して、その流れを汲む津軽氏が、安東氏関係の遺跡や伝承などをことごとく破却している。
姓氏家系大辞典の「ジフサン トサ」の項に十三氏について「陸奥国津軽郡十三湊より起こる。この地は蝦夷酋長爾散南(ニサナム)公の占拠せし地かと云う。下りて安東氏・この地にあり」とあるが、詳細な記述はない。
さらに「興国元年(1340)八月、大津波起こり、糠部津軽の地漂没して死亡十万人、この時十三城も破壊す」と短い記述があった。ただ、それだけのことである。津軽で大陸と結ぶ貿易港があったことは、東北にルーツを持つ私も知らなかった。この地に二十万人の人口があったとも伝えられる十三湊の興亡史について、資料集めを始めてから数年が去っている。
東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)という歴史書がある。東日流(つがる)とは 今の青森県の津軽地方のこと。江戸時代に福島の三春領主・秋田氏によって書かれた本である。秋田氏は津軽の十三湊を本拠に威勢を誇った安東水軍の末裔。
津軽氏が安東氏関係の遺跡や伝承などを破却しているのを不当として、秋田氏は幕府に訴え出るが、相手にされない。そこで家臣に命じて津軽外三郡誌を編纂させたいきさつがある。このように津軽以外のところから、十三湊の伝承や記録が出てくる。
秋田氏は東北の名家なのだが、多くの名家といわれるものが、その祖先を天皇家に求めたり、その系譜の源平藤橘(源氏・平家・藤原・橘の諸家)に拠り所を置いたのに対して、神武天皇に反逆した長髄彦(ながすねひこ)の兄・安日(やすひ)王を開祖として、安倍貞任・宗任を中興の祖としている。
この安日王の名は、大和朝廷が編纂した日本書紀や古事記には出ないが、国立国会図書館の蔵書となった「諸家系図纂」所収の「藤崎系図」に「安日を祖として、奥州安倍氏に連なり、安倍氏滅亡後は貞任の次男・高星丸が逃れて津軽藤崎に行き、その子・堯恒が藤崎城に拠って安東太郎と称す」と由来が記されている。
「秋田家系図」では、安東堯恒から五十年余りは空白となっているが、安東太郎堯秀の頃、藤崎から津軽に移り、孫の安東太郎愛秀の時に十三湊に移住して城を構えた記述がある。このあたりは諸説があって定まっていない。
秋田孝季は寛政庚申年十月に十三湊文化について次の様に記述している。
十三湊山王坊十三宗、金剛界戒壇院及び三国山阿吽寺、胎蔵界七ヶ寺、即ち竜興寺、三井寺、長谷寺、禅林寺、檀林寺等なり。この寺閣は安東一族上下して崇むる霊場にして、本地垂迹の寺社は十三浦をして浜明神、尾崎神社、荒磯神社、山王日枝神社、熊野神社、湊明神、御瀬堂。また修験道場としては羽黒権現、熊野権現、大峯蔵王堂等ありて、春より秋まで、その祭事、十三の邑々をにぎわせたり。
また十三湊の大陸貿易で盛んとなった様は「十三湊に築城し、山靼(だったん)船能く来船し、築港して中島に館番所を築きて船泊まりとす。異国の諸益にて十三湊は盛栄す」の記述で分かる。安東船の建造も、山靼の異国人から学んだらしい。だが悲劇は突然やってきた。「津軽に風雲妖し。時に突如として十三湊に大津波起こり、死者十万人をいだせる惨事たり」。
興国元年の大津波が十三湊を襲った時に、五百三十六艘の安東船が就航していた。「依って安東一族、この興国庚辰年の津波にて、十三湊は廃湊し、安東船は悉く壊滅す。諸国にいでたる安東船五百三十六艘ことごとく諸国の地に定住し、帰らざる者二千余人を数ふ」。北海道、樺太、千島、大陸の北方民族、中国などと交易で栄えた安東船の栄華は、歴史の彼方に消えていった。

コメント

  1. 安達篤實 より:

    大変興味深く拝読しました。
    安東・安倍氏が荒覇吐神を祀るという荒磯神社の住所を教えてください。

  2. 古沢襄 より:

    東北の津軽の小泊に行くと、いくつもの荒磯神社があって、そこにはアラハバキ神としてのナガスネヒコが祭神になっている。『東日流外三群誌』を読む必要があります。次のサイトをみて下さい。
         http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0834.html

  3. kissaku より:

    ☆船の絵がないので、残念。

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