10313 大東亜会議で人種平等を宣言 加瀬英明

来年11月に、先の大戦下で大東亜会議が東京で行われてから、70周年を迎える。
昭和18(1942)年に催された大東亜会議には、アジア7ヶ国の首脳が集ったが、有色人種による史上はじめてのサミットとなった。
私は大東亜会議70周年を記念する、盛大なセミナーを開催する準備を進めている。
第2次大戦前にアジアにおける独立国といえば、日本、中国、タイ、満州国の4ヶ国しかなかった。大東亜会議はこれらの4ヶ国に、大戦中に日本の手によって独立した、フィリピン、ビルマ(現ミャンマー)と、自由インド仮政府の首脳が加わった。
大東亜会議を発案したのは、東條内閣の重光葵外相だった。私の父・俊一は重光外相の政務秘書官と北米課長を兼任していたが、重光が開戦前に駐英大使だったロンドン時代から、一心同体だった。
重光も、父も、敗戦が必至だと考えていた。そこで、日本が敗れても、アジアを解放するために戦ったという大義を遺すことが、戦後、日本の国際的地位を回復する手立てになると、信じた。アジアの首脳が一堂に会して、「人種平等の原則」を宣明する、人類史的な会議を催すことを、考えた。
重光と俊一は三番町(現・九段南2丁目)の重光邸で幾晩も徹夜して、「大東亜宣言」案を、英文で起案した。世界を覚醒することが目的だったから、英語が正文であるべきだった。そのうえで、俊一は重光の意を受けて、東條英機首相を首相官邸にたずねた。
東條首相に「大東亜宣言」案の邦訳を手渡して説明すると、破顔一笑して、「これでゆこう」といった。俊一が「これを外務省案となると、軍が異議を唱える恐れがあるから、軍部から提案するようにしていただきたい」と要請すると、東條が深く頷いた。
11月に入ると、アジアの首脳が次々と到着した。中国南京政権の汪精衛国民政府行政院長、タイのワンワイタヤコン首相代理殿下、満州国の張景恵国務総理、フィリッピンのラウレル大統領、ビルマのバー・モウ首相と、「自由インド仮政府」のチャンドラ・ボース首席である。
会議は11月5日、6日の両日に、帝国議事堂(現・国会議事堂)で開催された。会議は「大東亜宣言」を、満場一致で採択した。
宣言の日本文は、アジア各国が協同互恵の原則のもとに伝統を重んじ、創造性を伸張して、文化を昂揚し、経済を発展させ、「道義ニ基ヅク共存共栄ノ秩序ヲ建設ス」という趣旨だった。末項は「万邦ト交誼ヲ篤ウシ、人種的差別ヲ撤廃シ、普ク文化ヲ交流シ、進ンデ資源ヲ開放シ、以テ世界ノ進運ニ貢献ス」と、述べていた。
チャンドラ・ボースはオブザーバーとして参加したが、会議における演説を「大東亜宣言」が、「全世界の被抑圧国民の憲章である」という言葉によって、結んだ。
重光はルーズベルト大統領とチャーチル首相が、昭和16年(1941)8月に発表した、大西洋憲章を意識していた。大東亜宣言は日本の世界史的な使命を訴える、大西洋憲章にはるかに優るものとなるはずだった。
大西洋憲章は「すべての国民がその政体を選択する権利を尊重する」と約束していたが、白人だけを対象としたものだった。西洋の支配のもとにあった有色人種は除外されていた。
もとより前大戦は、開戦の詔勅が「帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為蹶然(けつぜん)起ツテ一切(いっさい)ノ障礙(しょうがい)ヲ破碎(はさい)スルノ外ナキナリ」と述べているように、アメリカによる理不尽な圧迫に耐えかねて、自存自衛のために立ち上がったものだった。
しかし、日本が大きな犠牲を払ってアジアを解放し、その高波がアフリカも洗うことによって、人種平等の理想の世界が招致された。
ヘンリー・S・ストークス氏は、ニューヨーク・タイムズ、ロンドン・タイムズなどの東京支局長を歴任した、イギリスの大記者である。この8月に、私とともに著した『なぜアメリカは対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社)が刊行されたが、同氏が第2部「ペリーからマッカーサーまで」を執筆している。
ストークス氏はこのなかで、日本が先の大戦で侵略戦争を戦ったのではなく、「いったん戦端が開かれると、アジア人のためのアジアを創造する、強い情熱によって駆られた。これこそ、日本人による大きな国際貢献だった」と、説いている。
そして、大東亜会議が「人類に人種平等をもたらした、出発点となった。まさに日本史における、輝かしい一瞬だった。今日、日本の多くの学者が大東亜会議は日本軍部が『占領地の傀儡』を集めて、国内向けに宣伝のために行ったと唱えている。このような日本人こそ、日本を精神的に支配しようとする外国の傀儡ではないか」と、述べている。
そして、「当時の日本人にとって、アジア解放は大義だった。いまの日本人に、そのような気概があるだろうか。(中略)今日、日本がアジア諸国から尊敬されなくなったのは、アメリカに追従して、経済利益だけを追求して、先の大戦に敗れるまでいだいていた気高い精神を失ったからにちがいない。歴史を失った国には、品格がない」と、断じている。
アメリカで1960年代に、黒人に対するいわれない差別が廃止され、黒人の大統領が登場したのも、日本が先の大戦によって、人種平等の世界を実現したからだった。
杜父魚文庫

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