オバマの欧州歴訪で露呈したこと。米国の衰退は予測以上にスピーディ。
ワシントン・ポストは社説で、北朝鮮のミサイル発射をめぐるオバマ政権のジグザグ対応をこっぴどく批判した。
「支離滅裂で、ブッシュ前政権と変わらない」(4月7日付け)。民主党リベラル派寄りの同紙が、発足後まだ百日にもならない民主党政権を批判するのは異例である。これは保守の大物、ニュート・キング゛リッチ(元下院院内総務)が、「オバマの外交って、あれはファンタジーだ」と攻撃している原点とあまり変わらない。
▲外交の幻像
オバマ政権の支離滅裂は、なにも北朝鮮対策だけではなかった。表向きは主役だから、どこかの国の“口パク人形”のように、派手な演出だけを深く吟味し、演技に凝るのは先輩のクリントン(元大統領)とそっくり。中味のなさ、というより外交の危うさはカーターに酷似している。基本の哲学が希薄なのだ。
G20のあと、オバマ大統領はロンドンから欧州歴訪をつづけ、独仏国境で開催のNATO60周年記念の会議に出席した。
その後、チェコを訪問し、トルコへ飛び、6日にはイラクの首都バグダッドを電撃訪問、米軍兵士を励ました。
毎日、テレビのトップニュースになる演出には余念が無く、歯の浮くような美辞麗句をつらねた演説に力点をおき、誠実な対話という意味では、あまり実がない。薄情な気がした。
それはともかく、チェコは冷戦時代にニクソンが訪問して大歓迎を受け、1968年にソ連の戦車がプラハの街を占領し、長い沈黙があった。
チャスラフスカやバーツラフハベルら知識人が立ち上がり、自由への渇望はチェコ憲章になって結実し、そのごのポーランド連帯運動へと拡がった。その伝にあやかろうと、オバマはチェコでの演説に凝った。
チェコの民衆には自由の旗手、世界一の超大国アメリカへの憧れがある。
チェコではNATOのメンバー入りして十周年を記念する式典があった。直前までチェコのトポレネク大統領は「米国の刺激策は地獄へ堕ちろ」と非難していた。
プラハ城には三万人、場内に入りきれない人々はプラハの街頭を埋め、オバマはそこで三十分の演説。核廃絶、核拡散防止条約、部分的核実験停止条約批准などを訴えた。
これは美辞麗句の羅列というより、本気で考えているとしたらオバマは我々が想像した以上に馬鹿である。
だが、それは表面的な考えで、いまなぜ、オバマがチェコで、そんなことを言うのか。タイミングと場所が問題である。
第一はNATO向けの配慮だ。なにしろNATOと米国との確執をようやく妥協してきたばかりである。
逃げの姿勢にはいったNATOを、アフガンに食い止め、増派を飲ませたわけで、これだけはオバマの得点である。
第二はロシアへの牽制、プーチンの露骨な反米路線へ裏側から近づいて牽制するのだ。プラハの演説はそうした象徴的な歴史の意味が隠されている。
第三は米国内の議会対策である。いま、オバマ路線を批判する急先鋒は共和党。金融安定化法は共和党が全員、反対した。
核拡散やら核実験禁止条約の批准は共和党が真っ向から反対している。議会取引に、これを遣い、景気刺激策を通過させようとする議会工作上のレトリックを、対外矛盾による外交演説でオバマは交わそうとした気配が感じられる。
トルコでは「ムスリムの国々とは友人であり、米国はテロリストとは闘うが、イスラムとは戦争をしない」と言った。
一部民衆には受けたがアラブ世界前代の反応はといえば、冷淡だった。
またパレスチナとイスラエルが別個の国家として併存する平和共存を訴えた。こうしてリアルポリティックスという意味からは、冒頭ワシントンポストが批判したようにオバマの行為は「支離滅裂」のオンパレードである。
▲帝国の座から滑り落ちつつある
もっともオバマ歴訪の旅程なぞを総括するにあまり意味がない。大事なことはアメリカの力の衰退が我々の予測をこえたスピードで進捗しており、軍事と経済の帝国の座を自らが滑り落ちていることである。
第一に2001年以来、米国はテロリストに主要敵と規定して、そのためにNATOを変質させ、欧州との大西洋同盟を劇的に変革させ、最大の敵だったロシアに歩み寄った。敵の幻像を見た。
チェコとポーランドへのMD配備はロシアを刺激したが対イラン向けと言い張った。オバマは核兵器廃絶への協議をロシアと開始すると言い放ち、同時にイランとは対話を始めると言明した。
第二に中国が戦略的パートナーからステーク・ホルダー。さらに「G2」(米中同盟)へと大出世、この文脈から北朝鮮の核兵器、ミサイル実験への投げやり路線がでた。
これはブッシュ政権後半からの路線であり、ライスもヒルも、雪崩のような妥協路線に転落した。
中国はG20直前にドル基軸は不公平、SDR通貨によるIMF改革などと提唱して米国を揺さぶったが、ロンドンの本番会議では一言も出さなかった。「主役とはゲームを降りると騒いで相手を脅かすことでもある」(TIME、4月6日号)。
第三にパキスタン外交の原点を見失った。パキスタンは対イラン、対アフガンの戦争拠点であるばかりか、長期的にはインドを牽制する一方で、中国圏からの脱却を間接促進するという裏に意図がブッシュ政権にはあった。
アフガニスタンのカルザイ政権維持のために増派する米国は独自兵力では不足し、NATOを頼る。
また補給路を確保するためにロシアと妥協し、マナス空港からの撤退と代替できるウズベキスタンの補給路をNATOの兵站ルートとして確保した。
嘗てのシニア・ブッシュ時代のような中央アジアを飲み込もうとする覇気はどこにも感じ取れない。
第四に旧来の同盟国に不信を与えた。日本、インド、豪州、韓国は、明らかに米国への不満を口にするようになった。いずれ、NATO60周年に続いて日米安保条約は2010年が改定から半世紀になる。日米同盟の見直しは、おそらくオバマが言い出すだろう。
第五にゲーツ国防長官の衝撃的発言である。「次期戦闘機F22の発注をやめる」と言ったことは重大な戦略変更への布石ではないのか。日本の次期戦闘機はほぼF22で固まっていた。
しかも中国が2020年に空母貳隻保有を公言しているときにである。
同盟国への配慮もなく、米国のコスト・パフォーマンスだけを理由に次期防衛体制を変革する。ラムズフェルトのトランスフォーメイションを受け継ぐ形ではあるが、要するに「世界の警察官」の座を降りる準備を始めたのが米国なのだ。
北朝鮮のミサイル発射行為を黙殺し、反撃もしなかった。旧ソ連圏中央アジアへの浸透作戦は殆ど捨てたも同然になった。
モンゴルへの浸透は中途半端、人権問題での介入を中国に対して要求しない。台湾問題はむしろ台湾に沈黙を強い、ワシントンが台湾独立に圧力をかけた。イスラエルを聖域化せず、アラブ諸国へのテコ入れを強化し始める。
▲インモラル、モラルハザードの拡散、精神の喪失
こうした外交の延長線上に国際的な経済政策がでてくる。もともと今回の大不況の入り口にあった落とし穴は詐欺的な金融商品だった。CDS(クレジット・デフォールト・スワップ)を安心と言って宣伝し、海外の投資家に購入させ、ついには破綻した。
情報開示、情報の透明さを誇った米国で、じつはインチキに近い、というより金融工学の発明品が誰も数学的誤謬に気がつかずに、平気で投資してきた。ウォール街に札束が乱舞した。
売る側も買う側も、レバレッジが30倍もかかった証券なんぞ、ありうる筈がないと常識的な計算さえ出来ず、マネーゲームに興じた。
その行為こそはインモラルであり、次に政府のとった救済措置はモラルハザードであり、典型的なのはシティやAIG役員らの高額ボーナスの支払いである。これは倫理観の欠如をしめしてあまりある。
ホワイトハウスで、経済ブレーンの顧問になったローレンス・サマーズ元財務長官のスキャンダラスな生き方には失望しかないだろう。
高慢ちきな個性は、アメリカ人のスーパー・エリートによく見られる特徴だから論じないことにしても、財務長官時代の傲慢さは語り継がれ、政権を去るとハーバーと大学学長へと「天下り」。そこで出てきたのはパワーハラスメントのスキャンダルだった。大学を追われて、彼は何処へ行ったか。
ヘッジファンドの役員となり、今度オバマ政権の助言者トップにつく直前、五億ドルのボーナスを手にしていたことが発覚した。
▲ジェラルミンの箱にのって米国は宇宙のどこかへ消えるかもしれない
マックス・ウェーバーの言った「プロテスタントの倫理と資本主義の精神」は名著だが、いまの米国には適応不能の古典でしかない。
僅か230年ほどの建国の歴史しかないアメリカは移民の作り上げた文化多元主義の、あまりに人工的な文明であり、それがUFOとも錯覚した西部遇氏は、「(米国は)ジェラルミン色の巨大な円盤となって、宇宙の彼方に跳び去っていくのではないか」(『サンチョ・キホーテの旅』、101p、新潮社刊)。
逆にロシアの学者が予言するように米国六分裂という未来のシナリオもある。
日本は米国に対して無謀にも、或いは無思慮にも全幅の信頼をおく危険性をはらんでおり、その対米依存型という外交の視野狭窄から早く脱却し、独自の地位を確保する努力を始めなければ、近未来に独立さえを失いかねないだろう。
半世紀後、世界の基軸通貨はゴールドにリンクした「華元」(人民元の新バージョン)が世界の支配的通貨になっているというシナリオもまんざら全否定出来ないのが、いま世界をとりまく状況である。
景気回復も景気刺激策も、その営為は人間が行う。
モラルとガッツをうしなった人間が、本気で景気の立ち直りに邁進するだろうか?日本はこれから総額75兆円もの景気対策、財政出動をするというのに、低迷を続ける経済、日本の問題はそのあたりにある。
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3152 G20は終わって、危機は去ろうとしているのか(結)宮崎正弘
宮崎正弘
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