2006-12

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315 亀井勝一郎の「現代史の中のひとり」 古沢襄

亀井勝一郎さんが昭和三十年に文藝春秋新社から「現代史の中のひとり」という単行本を出している。昭和二十五年から三十年にかけて諸雑誌に発表した作品の主なものを収録しているのだが、当時の世相や知識人の考え方を知るうえで貴重な証言が綴られている。あ...
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314 二人の中川の手法の違い 古沢襄

ヘソ曲がりが新聞記事を読む時は、トップ記事は見出しだけ、せいぜい読んでも最初の二、三行で他の記事に目を移す。だが紙面の片隅にある一段見出しの小さな記事には隅から隅まで、よく目を通す。首相の一日の動静を伝える一段見出しの「動静欄」は、首相を取...
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313 日本版のギャラップ調査が必要 古沢襄

日本のマスコミ各社が世論調査室を設けたのは昭和四十年代だったと思う。米国の代表的な世論調査機関・ギャラップ社の設立が1935年・昭和十年だったから三十年以上遅れてスタートしている。米国の世論調査と日本の世論調査の違いは、日本では調査機関の一...
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312 亡命者ラフマニノフ 渡部亮次郎

最近、ラフマニノフの作品をよく聴く。朝夕の散歩は退屈だからMDこそが恰好の友。初め、といっても10年ぐらい前だが、ベトーヴェンをよく聴いていたが、飽きた。なんとなく理屈っぽいのが鼻に付く。シューベルトを過ぎてチャイコフスキーを聴くようになっ...
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311 カネの亡者は卑しい 古沢襄

人間は適当にハングリーであった方がいい。食うに困るほど貧乏では困るが、その経験もしてきた。だから、いつ元の貧乏生活に戻っても困らない様に自分の生活レベルは貧乏当時と変わらない”粗衣粗食”を保っている。戦中・戦後の食糧難のことを忘れない様に月...
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310 寒暖の七百年周期説 古沢襄

慶応大学の名物教授に西岡秀雄氏という人がいた。「気候七百年周期」説を唱えた歴史学者なのだが、平易な例示をしながら講義をするので、学生たちに人気があった。歴史というと年代や人名を覚えることが先に立つからどうしても敬遠される。気候七百年周期説も...
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309 あね泣かずおとうと泣きおり 古沢襄

和歌が取り持つ縁がある。歌人・宮永真弓さんの想い出を書きながら、北陸歌人の深山栄さんのことも書きたいと思い立った。布袋様の様に丸顔の深山氏を知ったのは三十九歳で富山支局長になった時であった。当時の深山氏は北日本新聞の編集局長。後に同社の社長...
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308 「二千年の花」つゆ草 古沢襄

安藤宮崎県知事の周辺が慌ただしくなっている。取材に汗を流している記者たちには申し訳ないのだが、この知事が辞職しようが逮捕されようが、あまり関心がない。しかし宮崎県の名が新聞やテレビに出るようになって、宮永真弓という新聞人のことが懐かしく想い...
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307 真のエリートは自己犠牲を厭わない 古沢襄

十二月一日、暦が替わっただけなのに急に慌ただしくなった感じがする。年の瀬、師走、お歳暮、年賀状書き・・・。珍しく朝四時起きした。わが家はまだ暖房を入れていない。二月生まれの私は寒さが気にならない。昨夜、読みかけの中西輝政著「大英帝国衰亡史」...
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306 宮崎県知事の進退 渡部亮次郎

土木部の談合汚職で揺れる宮崎県では、県議会が11月29日午後、全会一致で安藤知事に対する辞職勧告決議可決したが、当の安藤知事は「知事としての任期をまっとうしたい」などと述べ、辞職の意思がないことを改めて強調した。さて行く末は。<宮崎県発注の...