2008-07

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1990 悲喜交々各位殿 渡部亮次郎

昭和35(1960)年前後にNHK仙台で記者生活を送った仲間が2006年11月14日夕、九段会館の地下レストランに集まり、懐旧談義に時を忘れた。中華7品にアルコール呑み放題。会費5000円を集めたが、終わってから500円のお釣を返却。珍しい...
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1989 変った数学の先生たち 馬場伯明

数学の先生たちにはちょっと変った人たちが多かったような気がする。長崎県立口加(こうか)高校で、久間利治先生(久間章生代議士の父)は、授業中、幾何の問題を解くために黒板に向ったまま、45分間立ちっぱなしのこともあった。だが、途中で生徒に「自習...
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1988 “風は海から”を拝読して 河邉昭義

NETをさまよっているうちに、堀江朋子女史の“新宿・うら道・唄につれ”の“風は海から”にたまたま出会いました。私にとって、風は海からは、昭和21年ごろ始めて耳にして以来60余年の愛唱歌・唯一の私の持ち歌であり、思い入れもたいへん深いものがあ...
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1987 風は海から 堀江朋子

風は海から 吹いてくる沖のジャンクの 帆を吹く風よなさけあるなら 教えておくれわたしの姉さん どこで待つ新宿西口の酒場”みち草”で、初めて耳にした唄である。みち草の客で、新宿生まれ、新宿育ちの中村さんのスタンダードナンバーである。伴奏はギタ...
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1986 北のテロ支援国指定解除に反対の動き 古沢襄

韓国・朝鮮日報の李河遠(イ・ハウォン)ワシントン特派員は、北朝鮮のテロ支援国指定解除について米国内で反対の動きが高まり、「無期限延期」となる可能性もあると指摘している。米下院外交委員会テロ・不拡散・貿易小委員会に民主党と共和党の議員が指定解...
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1985 軍艦が沈められたら立ち泳ぎ 古沢襄

日本海軍のことばかり書くので気がひける。だが身内には海軍が多いので仕方がない。一番のお偉さんは平出海軍少将。イタリア仕込みの海軍タカ派の「艦隊派」。叔父に当たる岸丈夫と杉浦幸雄は海軍といっても横須賀海兵団の水兵さん。私は旧制中学の一年と二年...
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1984 「永安泰常和楽」の学習院長の書 古沢襄

小学生の頃、夏休みは信州の母の実家で過ごした。月遅れのお盆になると曾祖父、曾祖母を残して、一家は万座温泉に行く。今でこそ万座ハイウエーができてアクセスが便利となったが、戦前のことである。電車を降りると、あとは歩いて峠を越えた。標高1800メ...
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1983 濁酒作りの名人 渡部亮次郎

濁酒(だくしゅ=ドブロク)作りの名人とはわが母だった。先年98歳で夕食が美味しかったと言った直後に死んだ。元気で長生きぽっくりでGNP。大方の理想とする死に方である。勿論、個人でアルコールを製造する事は日本の場合、法律で禁じられており、母も...
宮崎正弘

1982 ウランバートルで流血と争乱 宮崎正弘

モンゴル総選挙、流血と争乱、混乱の巷へ。鉱物資源が眠るゴビ砂漠開発と外資導入が政策論争の争点だったが。ウランバートルは砂漠のオアシス。行くと衝撃を受ける最初の珍事は、えっ、砂漠の真ん中の交通渋滞である。チンギスハーン空港から市内の直前までは...
MoMotarou

1981 居酒屋タクシーと北朝鮮 MoMotarou

■歴史を鏡とするーー国会対策型外交タクシーとは関係ありませんが、金丸信故自民党副総裁の訪朝団(1990年)を、例によって重村智計著「外交敗北」よりレポートしてみましょう。(引用開始、一部再構成)私が、日朝の関係者から長年にわたって取材した会...