いささか長い記事ですが、パレスチナ問題を理解するには恰好の材料かと訳してみました。読者諸兄のご参考までに。(それにしても一流紙の記者の取材力には脱帽する)
ウォールストリートジャーナル2009年1月24日 アンドリュー・ヒギンズ記者(イスラエル)の記事である。
パレスチナからのロケット砲で攻撃された近所の家の残骸を調査しながら、引退したイスラエルの元公務員アブナー・コーエンは、この攻撃のそもそもの原因は30年前の「おそろしく馬鹿げた間違い」に遡ると言及した。
「ハマスは、まったく残念なことながらイスラエルが生みの親なんです」とコーエンは語る。彼はチュニジア生まれのユダヤ人で、20年以上もガザで働いていた。
1994年までガザの宗教行政にかかわったコーエンは、世俗主義的(非宗教的、政教分離)なパレスチナのライバル、PLO=パレスチナ解放機構(主流派:ファタハ)をよそに、イスラム教徒が今日のハマスという、イスラエル壊滅を誓うゴリゴリのイスラム原理主義(政教一致)武装組織へ先鋭化されていく過程を見てきた。
コーエンが言う。イスラエルは、初めからガザのイスラム教徒を抑制する代わりに、PLOの世俗主義的な民族主義者との均衡を保つバランサーとして、長い間ハマスの活動を大目に見、場合によっては援助してきたのだ。
イスラエルはアハマド・ヤシン師という、体が不自由で目も悪い聖職者がハマスの基盤を創っていたときでさえ、彼に協力した。今は亡きヤシン師は今日でもハマス戦士を奮起させている。即ちガザでの最近の戦争の間にも、ハマス戦士はイスラエル軍に聖職者を記念して名付けたロケット砲爆弾「ヤシン」を見舞ったのだ。
先週の土曜日(1月17日)、開戦の22日後に、イスラエルはガザ攻撃停止を発表した。今回の攻撃は、イスラエルへのハマスのロケット砲攻撃を止めることを目的としていた。イスラエルのオルメルト首相は「断固とした作戦は成功した」と自賛した。1200人超のパレスチナ人が死に、13人のイスラエル人も死んだ。
ハマスはその翌日、コーエンが暮らす農村の近くへ5発のロケット爆弾を落としてから、自身の停戦を発表した。
それ以来、ハマス幹部は隠れ家から出てきて、ガザに対する彼らの影響力を再び行使している。より永続的な休戦を狙うエジプト仲介の会談は今週末から始まることになっている。
オバマ大統領は、継続的な安定には「長い停戦が必要。イスラエルと将来のパレスチナ国家の平和と安全は共存にかかっている」と今週発言した。
パレスチナ過激派とイスラエルの数十年の長い関係を観察すると、イスラム教徒との協力などほとんど知られていない試みによる予想外の危険な結果も見て取れる。
再三再四、「暴力を避ける気がある従順で信用できるパレスチナ人パートナーを見つけたい」というイスラエルの努力は、逆効果となった。イスラエルが良かれと思ったパートナーは敵に変わったか、あるいは彼らの身内の支持を失った。
イスラエルの経験はアメリカの経験を反映している。冷戦の間にアメリカは、共産主義に対する有効な同盟者としてイスラム教徒に目を向けた。アフガニスタンへの1979年のソ連の軍事介入の後、アメリカによって支持された反ソ連軍は後になってアルカイダに突然変異した。
かつて英国が委任統治したパレスチナの聖地は現在、イスラエルと、パレスチナ領のヨルダン西岸、ガザにあるから将来にわたる問題だ。1948年のイスラエル国家成立以来、イスラエル人とパレスチナ人は同じ領域の上に権利を主張してきた。
パレスチナ人は何十年もPLOによって導かれてきた。イスラエルはPLOをテロリストの一種と見て、1990年代にPLOが「ユダヤ人国家を殲滅する」という誓いを下ろすまでその壊滅に力を入れた。
そのときPLOのライバル、ハマスはイスラム教戦士によってリードされ、イスラエル承認を拒否して「抵抗を続ける」と誓った。ハマスは現在、イスラエルが2005年に軍隊と入植者を引き上げた地中海の狭い土地、人口の密集した貧困・不毛のガザ地区を支配している。
イスラエルが1970年代と80年代にガザで最初にイスラム教徒と接触したとき、イスラム教徒の関心はイスラエルとの対立ではなく聖典コーランに集中しているようだった。イスラエル政府は公式に「ムジャマ・アル・イスラミア」と呼ばれていたハマスの前身組織を認め、慈善団体として認定した。
イスラエル政府はムジャマがイスラム大学を建て、モスク、公民館、学校を建設するのを許した。イスラム教徒と世俗主義的なパレスチナ左翼が時に激しくガザと西岸で影響力をめぐって戦ったとき、イスラエルはしばしばその抗争から身を引いた。
「振り返ると、我々は間違いをしたと思います」とデイビッド・ヘイチャムが言う。彼はイスラエル軍のアラブ情勢専門家として1980年代後期と 90年代前半にガザで働いていた。「しかし、その時にはムジャムが将来どのような結果をもたらすかには思い至りませんでした」
ガザで勤務したイスラエルの複数の当局者は、彼ら自身の行動がいかにハマスの成長に寄与したかということには同意しない。彼らは、ハマスの近年の勢力拡大を主にイランのせいにしている。この見解はイスラエル政府も同様だ。
「ガザのハマスの力の基盤はイランによって築かれ、資金提供、軍事訓練、最新武器の供給を通して支援されている」とオルメルト首相が先週の土曜日に言った。ハマスは、イランから軍事援助を受けていることを否定している。
イスラエル軍のパレスチナ問題担当チーフを務めていたアリエ・スピッツェンは、たとえイスラエルがイスラム教徒にブレーキをかけようとしても、イスラム教を世界中に広げようというイスラム運動を抑制するのに有効だったかどうかは疑問だと言う。
彼は、それをとどめる試みは自然のリズムを変えようとするのと同じだと言う。「すべての蚊を殺すと勇んで藪をつついたところで、あなたを殺しかねない毒蛇に噛まれかねない。自然のバランスを崩しかねない。ハマスを一掃すれば、その後にはアルカイダが来るかもしれない」
ガザのイスラム教徒が1990年代初期に宗教団体からイスラエルを狙う戦闘部隊に変異したことが明白になったとき、特に彼らが1994年に自爆攻撃を始めたあと、イスラエルは猛烈な力で取り締まりをした。
しかし、イスラエル軍の攻撃は、「イスラエルは敵だ」というハマスの主張を普通のパレスチナ人に浸透させるだけだった。ハマスは最終的にイスラエルの主要同盟国のアメリカによって支持された2006年の選挙で世俗主義的なライバル、特にファタハを打ち破った。
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2785 ハマス育てたのはイスラエル(1) 翻訳:平井修一
平井修一
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