ロイター電によると10月7日、世界銀行・国際通貨基金(IMF)年次総会が開かれているイスタンブールで、両団体に抗議する大規模なデモが行われ、一部が暴徒化したという。いわゆる「反グローバリズム」である。
反グローバリズムとは「経済のグローバル化が貧富の差の拡大や環境破壊といった社会問題を発生させているなどとする考え方」(警察庁)だが、簡単に言えば「俺の望むように世の中は動いていない、世の中が悪いのだ、破壊してやる」という偏執狂である。
不満分子、左翼、アナキスト、エコナチなど「騒動師」が事あるごとに鬱憤晴らしのひと騒動を起こそう、みんなで渡れば怖くない、と群れて暴れるのだ。
憎悪の対象はサミットやAPEC(アジア太平洋経済協力会議)、WTO(世界貿易機関)などの国際会議で、イスラム原理主義や共産主義には反対していないから反グローバリズムはそれらの友達である。
エコナチのグリーンピースは平成12年の「九州・沖縄サミット」に際してボートを利用して立入禁止区域に侵入、4人が逮捕されたが、これらの過激騒動師は昨年の「北海道洞爺湖サミット」においても騒動を起こそうとあれこれ画策した。
新左翼は今や老左翼だが、その情報紙として1968年に創刊した「人民新聞」によれば騒動師の国際連携は結構進んでいるようである。
<海外との連帯・協同模索する日本の反グローバリズム運動 G8サミットを問う連絡会「国際調整会議」
7月7~9日に北海道洞爺湖で開催されるG8サミット(主要国首脳会議)。世界各地の反グローバリズム運動やNGOによるパラレルアクション(市民による並行的な活動)が注目される中、3月8~9日、内外のグルー
プが集まって意見交換をする場として、国際調整会議が開催された。
「討論を重ねることによって、各自で計画している表現活動が最大限実現するように互いに協力して、G8に対するアクションの総体的な成功を目指したい」として、「G8を問う連絡会」が呼びかけた。
海外からは、フォーカス・オン・ザ・グローバルサウス、ジュビリーサウス、韓国民主労総、ビア・カンペシナなどアジア各地の約10団体が参加し、活発な意見交換がなされた>
石や火炎瓶を投げ、車に火をつけたりして暴れまわることを「表現活動」というのは笑止、噴飯ものだ。しかし、騒動師が数千人、数万人になると笑ってはいられない。警察庁のレポートから――
<◆平成11年11月、米国・シアトルにおけるWTO閣僚会議の開催時に、「人間の鎖」により会場が包囲されたため開会式が中止されたほか、約5万人が参加したデモの最中、参加者の一部が暴徒化して、商店の破壊や
警察部隊に対する攻撃が繰り返され、緊急事態宣言が出される事態となりました。この暴動の発生により、反グローバリズム運動が注目されるようになりました。
◆13年7月、イタリアにおけるジェノバ・サミットの開催時に、最大約20万人規模のデモが行われ、デモ隊と警察部隊との衝突でデモの参加者1人が死亡しました。
この事態を受け、14年のカナダにおけるカナナスキス・サミットから、リトリート方式(注)が定着しました。
◆17年12月、香港におけるWTO閣僚会議の開催時に、会場付近の警戒線を突破して警察部隊と衝突するなどした韓国の農民団体のメンバーを中心とした約900人が香港警察に身柄を拘束されました。
拘束された中には日本人5人が含まれていました。このようにアジアにおいても、反グローバリズム運動における過激な取組みがみられます。
反グローバリズム運動に取り組む団体の中には、集会やデモ等で自らの主張をアピールし、政府等に働き掛けることを目的とする団体のほか、会議の妨害を目的として暴力的な破壊活動や道路封鎖等に及ぶ団体もあります。
全身に黒装束をまとった「ブラック・ブロック」と呼ばれるグループは、デモ等の抗議行動に際し、多国籍企業の店舗の破壊、警察部隊に対する石や火炎瓶の投てき、車両への放火等の暴力行為を行うことで知られています。
(注)セキュリティ面とリゾート性を考慮して、大都市圏以外の観光地等で国際会議等を開催する方式>
日本では昭和46年(1971)を最後に大規模な騒乱事件は起きていない。暴力革命を目指す共産主義思想の退潮が始まったからだ。この年、中共の林彪副主席が毛沢東との確執から外国への逃亡中に事故死し、左翼陣営での中共と文革への幻滅が始まった。次いで連合赤軍事件で共産主義への幻想は日本ではほとんど表面上は吹き飛んだ。
50年(1975)にベトナム戦争が北ベトナムの勝利で終結すると、世界的に反戦運動のタネがなくなってしまったこと、さらに共産ベトナム軍が53年(1978)カンボジアに侵攻すると、「ベトナム反戦運動は一体なんだったのか」という痛切な想い、虚しさが広まった。
1979年に中共が同じ共産圏のベトナムに侵攻すると、かすかに残っていた共産主義への期待は完璧になくなった。80年代からの冷戦終結、ソ連解体、東欧解放は共産主義が机上の空論、幻想というか悪夢でしかなかったことを決定付けた。
左翼退潮の中で万国の騒動師が新たな反体制騒動のネタとして飛びついたのが反グローバリズムだろう。世に騒動のネタは尽きまじで、自分の不満、不幸はすべて現在の国際的な政治経済システムにあるというわけである。
芸術家は想いを表現するため作品を創るが、騒動師は騒動を起こすこと(表現活動!)が目的だから、世界を変革してこういう社会を創りたい、という目標がない。
「まあまあ、君たち、暴力は止めて話し合おうじゃないか、サミットを止めてどうして欲しいんだね」と言っても、彼らにとっては問答が目的ではなく、邪魔をすること、暴れること、政府を当惑させることそれ自体が目的であり、表現活動、自己実現、自分発見なのだから、政府としては説得するすべがない。
まるで「ええじゃないか」の暴力版、あるいは理由なき「集団ヒステリー的反抗」、破壊だけを目的とした「一揆・打ちこわし」の類である。主に欧州で発生し、20万人規模の大騒乱はイタリア・ジェノバサミット(平成13年)、英国・グレンイーグルズサミット(17年)、8万人規模はドイツ・ハイリゲンダムサミット(19年)がある(警察庁)。自由の代償は大きい。
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4117 「反グローバル」という騒動師たち 平井修一
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